4 相互補助

「ここを、こう。ちゃんと刃が入ったら、力を入れなくても簡単に切れる」

「うわ。……うん、わかった」

 ノーマルゴブリンの討伐証明部位は耳だ。

 土気色の耳を両方とも切り取ってみせると、ヨシヒデは一瞬尻込みしたものの、小さな刀で他のノーマルゴブリンの耳を削ぎはじめた。

 何せ五十匹もいたから、剥ぎ取り作業だけで一時間ほどかかった。


「本体のほうはどうす……ええっ!? き、消えた!」

「魔物ってそういうものだよ」

 ヨシヒデ、本当に初めて魔物を見て倒したんだなぁ。

「はぁ、そうか……不思議なところだな」

 ヨシヒデが何やら小さく呟いたが、よく聞こえなかった。

「さて、帰ろう」

「え、俺まだ余裕あるよ」

「それこそ初心者が陥りやすい失敗なんだよ。倒すのはまぁ、ヨシヒデなら余裕だろうけど。剥ぎ取り作業に時間かかっただろ。それに、魔物を倒してると他の魔物と遭遇する確率が上がるんだ。だから、魔物は一群れ倒したら引き上げるのが定石」

「なるほど、わかった」

 ヨシヒデは素直に頷いた。



「どうしても駄目か、リイン」

「僕もヨシヒデの腕は惜しいけど、わかってくれ」

 ギルドへ戻り、討伐完了手続きを行ってから、ヨシヒデに正式にパーティを組まないかと言われて断った。

 何せ僕は、余命僅かだ。治る希望はあれど、臨時以外のパーティを作るつもりはなかった。

「サニばあさんのところで世話になってるってことは、病気か何かか? そうは見えないが」

 なんというか、ぼーっとしているように見えるのに、妙に鋭いところがあるな、ヨシヒデ。

「そうだ。僕の余命は一年も無い。治療方法は無くはないんだが、望み薄なんだ。今は調子がいいけど、病気のせいで討伐中に倒れる可能性もある。だから……」

「なんだそれ。なんていう病気だ?」

 背の高いヨシヒデの上からの圧は、最初の見た目の印象と違って迫力があった。

「ここじゃ言いづらい。場所を変えよう」

「あ……すまん。無理に聞こうとして」

「いいんだ。僕も誰かに聞いてもらいたいのかもしれない」




 僕たちはサニばあさんの家の裏手、僕とサニばあさん以外の人が通ったことのない場所へ、ヨシヒデを案内した。サニばあさんには許可を貰っている。

「エリクシール中毒……。すまん、俺も実は色々と事情があって、エリクシールっつーもんを知らないんだ。有名なものなのか?」

 ヨシヒデの雰囲気がどこか独特で、魔伐者をやるような人間に見えないのは、ヨシヒデ自身も訳ありだからなのか。

 それにしても、エリクシールを知らないなんて。魔伐者とは無縁の家の子供だって知ってるのに。

「これだよ」

 この期に及んでお守り代わりに持っていたエリクシールの薬瓶を、ヨシヒデの前で取り出して見せた。

「へぇ、万能治療薬も、摂りすぎるとそうなるのか。その、なんて言ったら良いか……」

「気にしないでくれ。僕はもう受け入れてることなんだ。サニばあさんは良くしてくれてるし、ある意味病気のお陰でヨシヒデにも会えた」

 魔伐者として、強い人間と知り合えるのは僥倖だ。

 病さえなければヨシヒデとパーティを組んで、魔物を一匹でも多く討伐してやりたい。

 でも駄目だ。

 ヨシヒデほどの強さなら、どこか別の、健康的なパーティに入ってその腕を揮ってもらいたい。

「俺に手伝えることはないか?」

「へっ?」

 だから、ヨシヒデの唐突な申し出に気の抜けた返事をしてしまった。

「ここで会ったのも他生の縁だ。何か特別なものが必要なら、俺が取りに行くとか、そういう手伝いならできる。幸い、俺は割と強いみたいだからな」

 ヨシヒデは自分の胸を拳でどん、と叩いて、ニッと笑ってみせた。

「そんな、どうして」

「俺には弟がいるんだ。今は事情のせいで離れ離れになってるが、丁度リインと同い年でさ。放っておけない。それに、魔伐者をやるってこと以外は、他に何をしたらいいのかわからなくて。こう言っちゃなんだか、リインの手助けで何か掴めそうな気がするんだ」

 ヨシヒデが目標を見つけるための、ついでの道程で手助けしてくれるということか。

 いいのだろうか、初対面の人間に、甘えてしまって。

「僕、ヨシヒデの弟に似てるのか?」

「顔も背格好も全然似てない。リインはイケメンだけど、弟は俺に似てるからな」

「いけめん?」

「格好いいって意味だ」

「何言ってるんだよ」

 僕がヨシヒデの肩をぱしんと叩くと、ヨシヒデはまた笑った。僕も釣られて少し笑った。


「話は決まったかい? ヨシヒデ君はどちらにお住まいで?」

 僕らが笑っていると、サニばあさんが家から出てきた。

 この場所で話をするためにサニばあさんのところへ話に行ったときに、ヨシヒデのことは紹介してある。

「近くに宿とってます」

「じゃあ引き払っておいで。リイン君の治療の手助けしてくれるんなら、うちに来なさいな。家賃は取らないし、朝と夜は食事を出すよ」

「そこまでお世話になるわけには」

 ヨシヒデは最初こそ遠慮しようとしたが、サニばあさんの押しに負けて、最終的に頷いた。

「治療の協力をしてくれるなら、ヨシヒデ君には話しておくよ。リイン君は部屋へ」

「はい」


 サニばあさんの家は、意外と広い。

 以前は夫と五人の子供と一緒に暮らしていたそうだ。

 夫に先立たれ、子供たちも皆自立し、サニばあさん自身は子供たちそれぞれから「うちで一緒に暮らそう」と誘われていたのだが、サニばあさんは「この店を守りたい」と頑なに固辞したとか。


 子供一人につき一部屋。つまり僕が来るまでは五部屋余っていた。

 そのうちのひとつ、僕にあてがわれた部屋で、装備を解いて椅子に腰掛ける。

 テーブルの上には、サニばあさん特製の、例の薬水が入った水差しが置いてある。

 一日に水差し一杯分を、小分けにして飲めと言われている。コップに注いで飲んだ。

 そうして一息ついていると、部屋の扉を叩かれた。

「俺だ。入ってもいいか?」

 ヨシヒデだ。

「どうぞ」

 入ってきたヨシヒデは、笑顔で僕に向かってきて、僕を抱きしめた。

 ヨシヒデは装備を着けたままだから、あちこちに金具が当たって地味に痛い。

「うわっ!? な、何? 何?」

「リインは絶対治るからな!」

「は!? わからんけど、離せ! 金具が痛い!」

「すまん、つい」

 ヨシヒデは僕から離れても、ニコニコしている。

「ええと、詳しくは話しちゃ駄目ってのがもどかしいな。とにかく、問題のうちひとつは俺が解決できる。だから、正式にパーティ組もう」

「ヨシヒデが、何を解決できるって?」

 僕は話の内容に理解が及ばなくて、聞き返した。

「リインの病気のことだよ。サニばあさんは家賃受け取らないって言ってたが、お礼は渡したい。だから今後も魔伐者をするんだが、経験者のリインがパーティ組んでくれると助かる。どうだ?」

「病気を、どうしてヨシヒデが」

「そこは話せない部分なんだ。でも信じてくれ」

 ヨシヒデとの付き合いは短い、というか、今日会ったばかりだ。

 その短い間に、ヨシヒデの人となりは多少わかってきた。


 ものすごいお人好しだ。


 何かしらの事情があって一般常識すら怪しいのに、初対面の僕の病気について考えてくれた上に、協力まで申し出てくれる。

 そして今も、僕の病気が治るらしいという光明を見つけて、他人事なのに喜んでくれている。

「本当に、どうしてそこまでしてくれるんだよ」

「俺にも一応、目的はある。だけど、どうしていいのか全く手がかりが無いんだ。何もわからないなら、最初に親切にしてくれた人へ恩返しするのもいいかと思って」

「たまたま僕だったってこと?」

「そう、たまたま、偶然だ。俺が一方的にやってるだけだ」

 ヨシヒデはいい笑顔で言い切った。

「ヨシヒデの目的って何?」

 質問すると、ヨシヒデは笑みを引っ込めて真顔になり、頭を掻いた。

「ああ、ええっと……説明が難しいな。単純に言ってしまうと、俺はとある場所から来たんだか、そこへ帰る方法を探してるんだ」

「馬車や船じゃ辿り着けないのか」

「そうだ。普通の手段じゃ帰れない。どうやってここへ来たのかもわからないんだ」

 僕は病名がわかっていて、治療方法もサニばあさんとヨシヒデが知っている。

 ヨシヒデの事情は、僕の事情よりも複雑なのでは。

「その話だけじゃ、見当もつかないな。僕に手伝えることはあるか? いや、手伝わせてくれ」

 僕の申し出に、ヨシヒデは両目を瞬かせた。

「俺のことは後でいいよ。リインの方が切羽詰まってるんだからさ」

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