間話4 間(はざま)の少年(後編)
そして半月も過ぎた頃には4人は怖い話探検グループとして生徒の間で少し有名になっていた。
けれどその頃から、転校生は『見える』と評判の六年生に会いに、そちらのクラスに通うことが多くなった。
体育館で少し話をしただけだというのに、熱心に会いに行く。
本人を目の前に、本人のことを探すという少しおかしな行動だったけれど。
義翔も一度、着いていったことはあったが、やはり別の、しかも上の学年のクラスは居心地悪く、行くのを嫌がれば転校生はあっさり義翔を置いて出かけてしまった。
転校生がいない時、緋奈は女子一緒で、聡史は大概、本を読んでいる。
義翔はなんだか水を差された気分で一人校舎内を歩いてまわった。
一人で行動するのがなんだか久しぶりに感じて、寂しかった。
義翔には悪癖がある。
つい物事を誇張して話してしまうのだ。
本人に悪気はなく、話をしているうちにどんどん話が膨らんでいく。しかも話が大袈裟になっている自覚も薄いせいで、自分で話をしている内容を本当だと思い込んでしまう。
低学年のうちはまだよくあることだと見守られていた。けれど、学年が上がっていっても治らない。
結果、義翔は虚言癖がある子供だと見られるようになって、自然と一人になっていった。
口を閉じていれば友達の輪に入れてもらえるが、おしゃべり好きの義翔にとってそれは辛い。
だから、義翔の話をうんうんと、頷いて聞いてくれる転校生の存在は義翔の中でとても大きなものになっていた。
まだ、検証していない話もいくつもあるのに、目当ての六年生が見つかったら、転校生はその六年生と一緒に行動するのだろうか。それとも、四人の中に六年生が混じってくる?
それは嫌だな、と義翔は思った。
せっかく楽しく過ごしていたのに、六年生が入ってきたら、命令されてしまうかもしれない。
義翔の話を聞いてくれなくなるかもしれない。
転校生の関心を取り戻すにはどうすればいいだろうと、義翔は考えた。
答えはすぐに出る。
六年生よりもすごい怪談を発見すればいい。
そう思えば一人での校舎探索にも力が入った。
義翔は虚言癖のある子だと言われるが、義翔が話す内容は完全な嘘ではない。
本当にあった出来事を話すうちに、より関心をひくように肉付けされていくだけだ。それも、周囲から指摘されれば、そうだったかも、と修正されるようなものである。
一年生の時の抜けた歯に関する話は目撃者がいたので比較的誇張が少なく、小運動場に埋まっていた半銅貨の時は、辺りはまだ暗くなっておらず、手の骨ははっきり見えたが義翔に向かって動いたというのは誇張だ。
話したのが半年後ということもあって、より大袈裟になっていたといえる。
だけど小運動場に半銅貨を返しに行った時、転校生が目玉を見た、いうことで義翔の中で転校生に話して聞かせたシチュエーションは本当になった。
義翔にとって、今まで報告してきた怪談は全部本物なのだ。
転校生に提供するものは本物じゃないといけない。
そんな強迫観念を勝手に抱き、転校生に話をするための七不思議……七百七十七不思議を探し歩いた。
けれど、そういう時に限って出会わない。
いやそもそも、ここ最近の遭遇率がおかしなくらい高かっただけだ。
元々、義翔が奇妙な出来事に会うのは半年に一度くらい。
転校生がやってきてから、積極的に探して回ったために遭遇率は増えていたが、いつも探索場所は転校生が決めていたので、一人ではどう探せばいいのか分からない。
悩んでいるうちに体育館と校舎をつなぐ渡り廊下に出た。
ここから一番近いトイレは転校生と一緒に探索して、怖い声を聞いた場所だ。
同じように何か起きないだろうかと、トイレに向かいかけた時、渡り廊下の端に足跡があるのが見えた。
体育館と校舎をつなぐ渡り廊下はリノリウム風の床で緑色をしており、天井にあたる上部2階の渡り廊下を支える柱が左右に数本立っている。
雨よけの庇と腰の高さほどの壁があり、体育館に入る前の部分は左右に運動場と小運動場に向かえるよう、3段ほどのコンクリートの階段がある。
その階段を上がってすぐのところに、白っぽい土埃を踏み固めたような足跡は片足分だけあった。
小運動場から校舎に入ろうとして、靴を履き替えるのを忘れたのか。
ぽつねんと残された足跡。
いかにも一歩、廊下に踏み入ろうとしている位置だと気づいて、面白い、と思ってしまった。
この足跡は小運動場から上がってこようとしているんじゃないかな?だとしたら、どこに向かっている?方向からすれば
「……校舎に入ろうとしてるのかな」
ぽそっと呟けば、それはいかにもありそうだと思った。
転校生が集めていた話の中にも似たような話があった。
追いかけてくる足音。
運動場や体育館から戻る道で、一人で歩いているのに自分以外の足音が聞こえてくる。
怖くなって校舎に逃げ込み扉を閉めると、閉めた扉をバン!と叩かれた。
確かそんな話だったはずだ。
これはその足音の
そう思えば、それはいかにも本当のことのように思えた。
二、三日の間、この足跡を観察しよう。
それから転校生に報告する。きっと転校生も喜んで見にきてくれるに違いない。
義翔はそう考えて渡り廊下を後にした。
次の日の放課後、渡り廊下に行って見れば、足跡は変わらずそこにポツンと存在していた。
一瞬、掃除当番はなにしてるんだろう、と思ったが、義翔にとってはその方が都合が良かったのですぐに忘れる。
昨日と変わらず残った足跡。
だけど、ひとつだけじゃ本当に校舎に向かおうとしているかどうか、分からない。
足音だけでも聞こえないかな?と義翔は渡り廊下を何度か往復してみたが、その日は全く収穫がないまま、下校時刻になった。
三日目の放課後、義翔が声をかける間もなく、転校生は放送室に呼び出されたと教室を出ていった。
行き先が六年生のクラスじゃなかったのをホッとしながら、義翔は渡り廊下に行くことにした。
見に行けば、昨日までの足跡の他に、うっすらと別の足跡があるように見えた。
増えたのか!とドキドキして近づき、よくよく観察して肩を落とした。
最初の足跡はまだしっかり残っていたが、増えたものは比べるとあきらかに大きく、体育館に出入りした生徒のもの、もしくは何往復もした自分の足跡だとすぐわかった。
こうなると最初の足跡も単なる汚れにすぎないのじゃないか。
そんな風に思えてきた。
これじゃあ転校生の興味は引けないだろう。
義翔は少し悲しい気持ちになりながら、校舎側の廊下にある用具入れからモップを取り出し、最初の足跡を除いた渡り廊下を軽く掃除した。
最初の足跡を消せなかったのは、なんとなく、だ。
その日はあきらめてさっさと帰宅して、次の日からまた別の不思議を探そうと、そう思っていた。
だが、しかし。
その日から転校生は七百七十七不思議について話さなくなった。
ここしばらく休み時間ともなれば六年一組に通っていたのに、珍しく席についたままだったので義翔は内心とても喜んで自分が校内を探索していた話をしようとした。
すると転校生は少し困った顔で、その話はまた後で、と言ったのだ。
今までなら目をきらきらさせて聞いてくれていたのに。
飽きたのだろうか。
あんなに楽しいと言っていたのに。
もう、義翔と一緒に七百七十七不思議を探さないのだろうか。
放課後も放送室に行くという。
一緒に行ってもいいかと聞いたけれど、探索じゃなくて片付けの手伝いだからいいよ、と断られてしまった。
義翔は悄然と自分の席に座っていた。
クラスメイトたちが帰って行くは分かっていたが、どうにも立ち上がる気になれない。
本当は探索じゃなくてもいいのだ。
義翔が一緒にいられて、義翔の話を楽しく聞いてくれるなら、手伝いでも片付けでもやるのに。
断られてしまえば、義翔は着いていけない。
過去、話してくれなくなった友達にそれでも話しかけにいったら、ウザイ、と言われてしまったことがある。
その時、心がぎゅうっと押しつぶされてぺちゃんこになった感覚を義翔は覚えている。
転校生が来てからの日々が楽しかったから、それがなくなるのかと思うと、同じような感覚に襲われる。
どうしようかな、と考えながら義翔はのろのろ立ち上がった。
今日は習い事もない日だ。
家に帰っても、両親は仕事だし、中学生の兄も帰ってないだろう。
家に一人も嫌で、特に目的を決めずに歩き出せば、ここ数日通っていたせいだろう。
いつの間にか体育館に続く渡り廊下に立っていた。
足跡はまだあった。
周囲にうっすらといくつもの足跡があるのを見れば、この渡り廊下を少なくない人間が行き来していただろうに、数日前の足跡ひとつが消えずくっきり残っている。
それを不思議と思う前に、なんだか自分の未練がましい気持ちがそこに現されているようで腹立たしくなった。
これが不思議話の足音に関係あろうとなかろうと、転校生が気にしないなら義翔にとっても、もういらないものだ。
もう消してしまえ!と、乱暴にモップを持ち出すと、がしがしとその足跡のある場所を強く擦った。
元々乾いた泥汚れのような足跡だ。
それはあっさり姿を消し、それが余計にやるせない気持ちになって、大股で校舎に戻ると取り出した時と同じように、掃除用具入れにモップを放り込み、力任せに扉を閉めた。
バンっ!!
スチール製ロッカー型の掃除用具入れにしては大きな音が前後から 聞こえた気がしたが、義翔は気づかず、そのまま下校してしまった。
そして数日後。
やはり、怖い話をしようとしない転校生に話しかけるきっかけが見つからないまま、しおしおと帰り支度を始めていると、義翔の机の横に立った聡史が転校生に話しかけた。
「最近、お化け探索してないけど、もうやらないのか?」
聡史は他の三人に付き合って行動しているだけで、積極的に誘うようなことは今までなかった。
だから、意外に思って聡史の顔を見つめていると、転校生が口を開いた
「やるよ?でも、お母さんに注意されちゃったんだ」
「え?なんて?」
転校生と聡史の会話だったのに、思わず口を挟んでしまった。
「怖い話が嫌いな人がいるかもしれないところで怖い話をするのは、嫌がらせになっちゃうから気をつけなさいって」
「えっ!?そんな理由だったの!?」
「放送部の子、怖がらせちゃったんだよ。だから昨日まで、お詫びがわりに片付け手伝ってたの」
あっさりとなんでもない風に話す転校生に、身体中の力が抜ける思いだった。
怖い話に興味なくなったとか、義翔がいらなくなったわけじゃないんだ。
そう思えると、じわじわとお腹の底から温かいものが滲んでくるような気持ちだった。
「じゃあ、足跡、消さなきゃよかった」
「え、え、足跡って何!!」
いつの間にか、転校生と義翔の会話になっていたが、聡史は何も言わなかった。
元気を取り戻した義翔を見てほっとした表情を作ると
「何か話するなら、帰りながらでいいだろ。まだ教室は他いるんだし」
そう言って二人を促し、緋奈にも声をかけると久々に四人で下校することになった。
義翔の家に寄ることになって人の少ない裏門へと向かいながら、身振り手振り混じりに自分が発見した足跡の物語をちょっと誇張混じりに語っていた義翔は、体育館の傍から自分を見ていた六年生の存在には気づかなかった。
義翔が話した足跡と足音の話を気に入った転校生が、足跡のあった場所を見たいというので次の日、義翔は転校生と二人で渡り廊下に向かっていた。
校舎突き当たりの扉を開ければ渡り廊下、という場所で二人の行き先に六年生の女子が一人、立っていた。
「あっ、センパイ!」
「よう」
転校生が執着し、通い詰めていた六年一組の女生徒だった。
転校生が何か話しかけて謝っていたが、義翔としては出鼻をくじかれた感じでむっつりと黙っていた。
この六年生は見た目はすごく女子っぽいのに、話言葉が乱暴で、そういうところも圧が強くて苦手な部分だ。話が終わったなら帰ってくれないかな、と思っていると、ふいに六年生が義翔の方を見た。
この先輩に見られると、じっと観察されているようで背中がぞわぞわして落ち着かない。
「あの……何か?」
「いや。……ああ、ちょっと思い出した話がある。教えてやろう」
義翔に向かって首をひとつ振ると、今度は転校生に向き直って六年生は怪談をひとつ、話し出した。
昔、この七坂小学校であったという、怖い目にあったという作り話をして注目を集めていたのに、その怖い話が本当になってしまった少年の話。
否応なしに聞くことになった話は、胸がむかむかするような、お腹の底がぐるぐると落ち着かないような気持ちになった。
義翔は嘘なんてついてない。
義翔が転校生に話したものはちゃんと本物だ。
それなのに、何故、この話にこんなに嫌な気持ちになるんだろう。
「どっちつかずの間にいたら、いつどっちになるか分からないってことだ。気をつけろよ?じゃあ、またな」
それだけ告げると六年生は去って行った。
転校生は腕組みをして難しい顔をしている。
どうしよう。
そう脳裏に浮かんだ。
足跡を見つけたのは本当だ。
足跡が(違うものだったけれど)増えたのも本当だ。
足跡を消そうとした理由は……違ったけど。
足音は……足音はどうだったっけ?
聞こえた、いや、聞こえてなかった?でも何かの音を聞いた……ような気はする。
それが足音だった?
昨日、転校生に話して聞かせた内容は覚えている。
でも話すのが楽しくて楽しくて、余計な付け足しをしたかもしれないし、はっきりと自分の語った内容を覚えていない。
嘘は、吐いて、いない、けど。
半ば呆然と転校生の方を見ると、考え事が終わったのか、ちょうど顔を上げたところで二人の目が合い。
バァンッ!!!
渡り廊下と校舎をつなぐ扉が音を立てた。
誰かが扉を叩いたような音だった。
「かえ、帰ろう。話、聞いてたら、遅くなったし、足跡は消えてるし、だから」
「あ、うん、そうだね。もう時間経っちゃったし、帰ろうか」
音にびっくりして縮み上がった義翔が言うと、転校生はあっさり頷いた。
あまりにも平然とした様子に、さっきの音は聞こえなかったのだろうかと顔色を伺うがよく分からない。
「?ほら、帰ろ?」
「あ、う、うん!」
歩き出した転校生に義翔は慌てて着いて行こうとし、ふと、何故か、扉を振り返ってしまった。
鉄製の扉の上部、嵌め込まれた曇りガラスに、小さな手が張り付いていたように、見えた。
12、古銭の窓の目
15、赤い靴の女の子
17、決まった時間に鳴るポケベル
27、排水口に詰まった歯
36、渡り廊下の足跡と足音
37、本物になる体験談
38、追いかけてくる足音・扉を叩く手
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