第19話 嘘つき

 七坂小学校は怪談話や奇妙な逸話の多い学校だ。

 戦前からあるという長い歴史だからかもしれないし、さらに敷地の一部が城址にかかっているとか、寺があったとか、そういう由来も関係しているかもしれない。

 とにかく、校内で少し話を振ればいくらでも不思議な体験をした、幽霊を見たという人間がすぐに見つかるような学校だった。

 そんな学校で、その男子生徒は一切そういう体験をしたことがなかった。

 同じクラスの生徒が、空中を走っていく影を見た、廊下の端から手招きされて近づいて見たが誰もいなかった、という話をしている中、へえ、すごいなぁと相槌を打つだけだった。

 怖い体験をした、というのは嫌な事かもしれないが、それを大勢の前で披露すればその場の主役だ。

 最初は怖い目に遭わずに済んでよかった、と胸を撫で下ろしていたのに、大変な経験をしたんだぞ、と言いながら得意げな主役達がだんだん羨ましくてたまらなくなっていく。

 どこかで幽霊に会えないか、不思議な出来事は起こらないかと放課後、学校中を歩き回る。

 人のいなさそうなところや、立ち入り禁止されている場所ぎりぎりまで行ってみたが、やはり何も見ない、聞こえない。

 二番煎じになってもいいと、クラスメイト達が話していた場所に行って、トイレのドアをノックしたり、隙間やベッドの下を覗き込んだり。

 だけど、身振り手振りしながら話していたような、びっくりする出来事は皆無だった。

 そのうち彼は、実は皆、作り話をしているだけなんじゃないかと思い始めた。

 最初の一人は本当だったのかもしれない。それとも何かをそうと思いこんだか。

 でもそれで注目を集めたのを見て、自分もそういう怖い出来事にあったと嘘をついたんじゃないか、と。

 だったら、自分もそうすればいいんだ、と考えた。

 たくさん話は聞いた。

 それと似たような話をすれば、自分だけが嘘をついているとはバレないだろう。

 早速、次の日クラスメイト達の前で、階段で足を掴まれた、というを披露した。

 効果は劇的で、クラスメイトたちは皆、口々に大丈夫だった?とか怪我はしなかった?と言いながら彼を取り囲んだ。

 久々に皆の中心にいることに彼の自尊心は満たされた。

 それから彼は定期的にを語るようになった。

 クラスメイトの誰かがしていることだとインパクトは薄い。

 他の誰も知らない、より怖いを彼は話すようになっていった。

 そんな日が続いたある日。

 彼は机から次の授業の教科書を引き出そうとしていた。

 …ぬちゃり、とそう形容するしかないような、濡れた感触が手に触れた。

 タオルかぞうきんをうっかり中に入れただろうか?

 そんな記憶はないと思いながら、彼は机の中を覗き込んだ。


 目があった。


 どう考えても頭なぞ入るはずもない、学校机の天板下の空間に、人の顔があった。

 それは彼と目を合わせ、にちゃり、と笑った。

 大きな叫び声を上げて飛びずさった彼に周囲のクラスメイトは、どうした、どうしたと近づいてきた。

 彼が、机の中の顔と目が合った、と震える声で話すと、クラスメイト達はなあんだ、という顔をした。

 その話はもう昼休みに聞いたよ、と。

 そうだった、と彼も思い出した。

 一番新しいだった。

 でも、彼のは作り話だ。

 皆の注目を集めるためのだったのに。

 それから彼は毎日のように、かつて羨望した怖い体験をするようになった。

 鏡に自分のものではない老人が映る、耳元で恐ろしい言葉が囁かれる、トイレの個室で上から血まみれの顔が覗き込んでくる……。

 それらは全部、彼が語ってきた嘘のだった。

 嘘だったものがどんどん本物になっていく。

 彼は連日の体験にどんどん憔悴していった。

 そんな彼を見ていたクラスメイト達は、彼が今度はどんな怖い体験をしたのだろうと、期待を込めてを強請った。

 一度語ったをもう一度、クラスメイト達に話すことはできない。

 同じ体験を二度繰り返しているなんて不自然極まりない。

 だけど、また嘘のを語れば、そのを味わうことになる。

 彼は恐怖体験に怯え、嘘がバレるのに怯えて毎日を過ごしていたが、とうとう耐えかねて、今まで嘘のを語っていたこと、嘘だったのに本当のになっていることを白状した。

 どんな非難の言葉が飛んでくるかと俯いていたが、上がったのは笑い声だった。

「え?」

 なぜ笑われているのか分からずにキョロキョロとクラスメイト達の顔を見回す彼に、一人のクラスメイトが言った。

「みんなを心配させないために、そんな嘘を吐く必要はないよ。君のを聞かせてくれればいいんだ」

 嘘で語った体験談が本当になる、というはあまりにもあり得なさそうでにしか思えなかったのだ。

 そんなを吐くくらい、をしているのだろうとクラスメイトたちは心配し、期待に満ちた目を彼に向けた。

 彼は好奇心に満ちた目に見つめられ、教室を逃げ出した。

 自分の言葉が信じてもらえないことに、真実よりも怖い体験談をしたという嘘を重要視されたことに。

 学校にもう居たくなくて家に帰ろうと階段を降り始めたその時。

 彼の足を掴む手が視界に入った。

 そういえば、最初に話したは足を掴む手だったな、と思い出しながら彼は階段を落ちていった。




「……っていうのが、今日センパイが教えてくれた話だったんだけど」

 息子は両手を組んでテーブルに肘を突き、深刻そうな顔で呟く。

 センパイと息子が呼んでいるのは、いつぞや体育館で息子に声を掛け、息子からしばらく捜索された六年生の子だ。

 明言はしていないものの、いわゆる霊能力のようなものがあるらしく、それを知った息子は男子だと思っていたセンパイを探し六年生の教室に通って迷惑をかけていた。

 このほど、それらの行為を謝罪したところ、この話を聞かされたらしく。

「お前もはしゃぎすぎるとこうなるよ、って警告か、単に思い出したから教えてくれたかどっちだと思う?」

 自分の好きなことに夢中になりやすく、他者の心情を慮ることが苦手な息子は、苦手なりに隠された言葉を読もうと真剣だ。

 そんな息子に助言したいが実は私も人付き合いは苦手な分野。

「これから要観察ってところじゃない?」

「そっか」

 具体的なアドバイスできないが、ここから是非、頑張ってほしいものである。



37、本物になる体験談

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