第18話 足音と足あと

 体育館と校舎を繋ぐ渡り廊下の端に、ぽつんと足跡が残っていた。

 靴跡ではなく、裸足のそれに見えるそれは低学年の子かな、と思うくらいの大きさ。

 泥っぽい茶色の汚れだった。

 その時は、ああ足跡だな、とそう認識しただけだった。

 ひとつだけだったし、裸足で土の上を走って、廊下に上がるから上履きを履いたのだろうと、そんな風に無意識に推察してたのかもしれない。

 次の日、2階の廊下を通っていた時、窓から体育館への渡り廊下が見えた。

 ふと、そういえばあの足跡は掃除されたのかと思って目を凝らすと、足跡は消えておらず、むしろ少し増えていた。

 足跡一つの時はわからなかったが、校舎に向かおうとするように、二歩、三歩。

 遠目であったし、ところどころ掠れて、そうと知って見ないと汚れさえ確認できないような状態だったけれど、彼ははっきりと、足跡を認識していた。

 その次の日、体育館に用事があったわけではなかったけれど、足跡が気になって放課後、渡り廊下まで一人で行ってみた。

 足跡は昨日と変わらず、渡り廊下にあった。

 近くで見れば、体育館裏からやってきて、そのまま校舎に近づこうとしているのがはっきりわかった。

 昨日見た時から、また数が増えている。

 四歩、五歩、六歩。

 歩幅は狭いけれど、このままのペースで行けば、数日で校舎に辿り着きそうだった。

 少し悩んだけれど校舎に一度戻って、掃除用具入れからモップを持ち出した。

 渡り廊下はリノリウム風ビニールの床になっている。

 三日も残っている汚れだが、モップで強く擦ればキレイにできるだろうとそう考えたのだ。

 気にしすぎだとは思ったけれど、そのままにしておくよりはすっきりするはずだった。

 モップを持って渡り廊下に戻り、さて、と床を見た瞬間。

 ぺたり、と床に足をつける音が聞こえた。

 えっ、となって足跡があった場所を見れば、先ほどより足跡が増えていた。

 その事実にざっと血の気が引く音がした。

 その間にも、また、ぺたり。

 足音がするたびに、足跡が増える。

 ぺたり、ぺたり、ぺたっ、ぺたっ………。

 呆然としていたが、歩く速度が徐々に速くなっているのに気づくと、頭が真っ白になった。

 明らかに、校舎に、自分の方に向かってきている。

「うわぁっ!!」

 思わず声を上げて、無我夢中でモップを床に滑らせた。



 何故、自分が逃げるのではなく、モップごと前に突っ込んだのかは、自分でも分からない、と彼は語ったそうだ。

 彼のその行動に驚いたのか、掃除が有効だったのか。

 彼の操るモップは足跡を的確に拭き取り、全ての足跡を消した時には、足音も聞こえなくなっていたという。

 そして、それを七坂小学校に転校して一番最初にできた友達に聞かされた息子は、「なんで僕も誘ってくれなかったの!!!」

 と、聞いたらしいが、

「ここのところ怪談話しないから、もう興味なくなったのかと思って」

 そう言われて、苦手な人に配慮しようと努力してただけだったのに、と落ち込んだ。

 テーブルに突っ伏して足跡見たかった…と呻く息子を見ながら、難しいなぁ、と母である私もため息を吐いたのだった。


36、渡り廊下の足跡と足音

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