第17話 カセットテープ

 反省した息子はお詫びとして、ここ二、三日、放送室の片付けを手伝いに通っている。

 放送部の部室を兼ねていた放送室は、デジタルに移行したため備品が増え手狭になっていた。

 ちょうど生徒数の減少で空き教室が出来たことで資料室を増やしたので、過去の放送資料や録音された記録媒体をそちらに移す作業中だったそうだ。

 そこで出てきた投書紙が息子との取引に使われていたらしい。

「ちゃんと謝ったから、ちょっとずつ話もしてくれるようになったんだよ」

 放送部の週一回のお昼のラジオ放送に、七坂小学校の七百七十七不思議や学校の怪談をテーマにした映画の主題歌を希望した息子のリクエスト投書は、放送部の怖い話が苦手な女の子を泣かせてしまっていたらしい。

 七坂小学校で聞く怪談にテンションがあがっていた息子は、わざわざ映画のロゴをレタリングしたり、赤ペンで文字を書いたりと小学生男子らしく調子にのった投書をしていたようだ。

「まさかその映画が一番嫌いだとは思ってもみなかったけど」

 改めて放送部の部活前に先生にお願いして謝罪した息子を見て、放送部員たちはなんとか許してくれたそうだ。

 息子はそれからうかつに怪談話をしないように気をつけ、片付けを通して少し気安くなった放送部員は逆に色々な話を聞かせてくれるようになったという。

「放送部って結構古い記録もそのままにしててさ。部員の中で語り継いでる不思議話も多いんだって!」

 怖がっていた子も、幽霊が直接出てこない話を自分がするのはいいらしく、他の放送部員と一緒にこそっと話してくれた。

「生徒の名前が赤い色で書かれた投書があると1週間以内にその子に不幸が起きる、っていうのは、先生が教えてくれた一文字投書のことかなぁって思うんだけど」

 この投書紙のやつ、と傍に置いていたトートバッグから、わら半紙の投書紙を取り出した。枚数が増えている。

 お手伝い最中に『これで投書はしない』と誓って、また貰ってきたらしい。

「朝礼中に『おはようございます!』って何度も繰り返す放送が流れて、いたずらだと思って放送室に行ったけど誰もいなかったとか」

 これは数年前の話で、六年生の放送部員はその放送を朝礼で聞いていた。

「古い話だと、当時有名だったアイドルが亡くなった後、そのアイドルの曲が録音されてたカセットテープが伸びて聞くことができなくなってたっていう」

 お母さんはカセットテープって見たことある?と、聞きながら今度はカセットテープを数本取り出した。

 まだ封も切っていない薄いビニールに包まれた新品だが、さすがに年月が経っているようで薄汚れてビニールもガサガサしている。

「カセットテープって見たことないって言ったら、もう使わない備品だからってくれたんだ。確か、おばあちゃんの家にラジオと一緒になってるの、あったでしょ?」

 私の実家は元農家の古い家だ。

 弟一家が両親と一緒に住んでいて、母家は数回りフォームもしたが納屋や倉庫はそのままで中には年代物のガラクタが積んである。

 両親の口癖がもったいない、で使えるうちは使わないものもずっと残っている。

 息子は用途も分からないそれらを見るのが好きで、あれこれ質問してはたまに動かしてもらったりしてた。

 ラジカセもその一つだろう。

「新品のカセットテープなのに呻き声が吹き込まれている、っていう話もあるんだ」

 これも何か入ってるかも!といそいそ仕舞う。

 帰省の楽しみにするようだ。

「録音したのは保管しなきゃいけないから、貸してもらえなかったんだけどね」

「何か聞きたいものがあったの?」

「幽霊の声を録音したカセットテープがあるんだって!」

 七坂小学校でも何度か『こっくりさん』が流行った時期があるらしい。

 その度、新たな怪談も生まれたようだが、そのひとつに『幽霊の声』がある。

 『こっくりさん』は日本においてメジャーな占いであり降霊術だ。

 紙に鳥居と五十音、そしてはい・いいえの文字を書き、十円玉に複数人で指を置いて質問に答えてもらう、というものである。

 別の名称で【キューピッドさん】【エンジェルさん】などもあったらしいが、当時の放送部員が質問に答える幽霊がいるなら、聞こえてないだけで声で答えている可能性もあるんじゃないかと思いついたらしい。

 そこで放課後、こっそり集まって放送室で【こっくりさん】をすることにした。

 録音用のカセットテープをずっと回したまま。

 最初は録音を意識していたが、次第に【こっくりさん】に夢中になって、カチッという録音終わりの音でみんな我に返った。

 そこで【こっくりさん】にお帰りいただいて、録音内容を確認しようということになった。

 最初の方はいつもより気取った声で【こっくりさん】に呼びかけていたり、自分達のいつもと違って聞こえる声に笑っていた。

 自分達以外の声は聞こえず、やっぱり無理だったね、と再生を止めようとした時、ラジカセから『録音おわっちゃったよ〜』という声が響いた。

 この時点で放送室にいた生徒達は顔を見合わせた。

 確かにカセットテープに録音できる限界がきて止まったから【こっくりさん】を終えたのだ。そこで録音は終わっていたはずなのに何故、続きが?

 戸惑っている間にも再生は続く。

『こっくりさん、こっくりさん、お帰りください』

 お決まりの最後の言葉が聞こえる。

 この後、十円玉は【はい】に動いて終わったはずだ。

 紙の上を硬化が滑る音がする。

 だけど、その音に重なって一言。


『いやだ』


 低い男性の声がそう言っていた。

 この声を聞いた途端に生徒達はパニック状態になり、ラジカセもそのままに放送室を飛び出して教師に起こった事を話した。

 彼女達は禁止されていた【こっくりさん】を行ったこと、勝手に放送室を使用した事を怒られ、教師同伴で放送室に戻ることになったが、放送室は別に何事もなかった。

 ただ、最後の声は確かに録音されており、これは幽霊の声だろう、ということになった。


「そのカセットテープ、すぐに捨てられたって話と、他のカセットテープに紛れてるって説があって、確かめたかったんだけど、さすがにダメって」

 保管されているカセットテープも古いものばかりで、予算ができればCDに焼き直しする予定だが、劣化がはげしいものもあるので触らせてもらえなかったという。

 こっちに何かあったらいいなぁ、と中古の新品カセットテープを見る息子に、実家のラジカセがまだ動くか、母に確認してもらっておこうと考えたのだった。


31、死を指名するひと文字投書

  派生?:不幸を予言する投書

32、おはよう放送

33、ひとりでに伸びたカセットテープ

34、新品カセットテープの呻き声

35、幽霊の声

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