第12話 卵が育むもの

 朝食に卵かけご飯を用意したら、いつもは喜んで卵を手にとる息子が微妙な表情を浮かべて卵を見ている。

「どうしたの?」

「ちょっと、聞いた話、思い出しちゃって」

 聞いた話、というのは十中八九、七坂小学校の不思議話だろう。

 怪談やオカルトが好きで、中でも学校の七不思議……七坂小学校でいえば七百七十七不思議を嬉々として集めている息子にしては珍しい反応だ。

「前にも言った、なくなっちゃった不思議の話なんだけど」

 卵からそっと目を逸らし、他のおかずに手をつけながら話し始めた。

「昔、飼育小屋があって、鶏とかウサギを飼ってたんだって」

 もう二十年以上昔のことらしい。

「そういえばお母さんが小学校の時、小さい飼育小屋があったのに卒業するころにはなくなってたわ」

「鳥インフルエンザとかの影響らしいよ」

 息子は不思議話に関することなら周辺情報の収集も熱心だ。

「雄鶏は早朝に鳴くからって、全部雌鶏で卵も三日に一度くらいは生んでたみたい」


 生き物の世話は大変だ。

 生き物係という役が設けられ生徒が交代で餌やりや掃除をし、教職員が子供ではできない世話をしていたが通常業務もある中で鶏小屋の管理はなかなか難しかった。

 生徒もひよこのうちは熱心に世話をするが、大きくなってしまえば、突かれたり蹴られたりするのと臭いを嫌がって、当番をサボる子もいた。

 それでも平常時は周囲の目もあり、誰かしらが世話をしていたが長期休みになると当番日にやってくる生徒は減っていた。

 その卵を見つけたのは、数少ない生き物係を真面目にこなしていた生徒だった。

 他の当番が鶏の世話の手を抜いているのを知っていた彼は、自分が当番でない時も二日に一度は飼育小屋を確認していた。

 そして世話がされていなければ、餌箱を洗って餌を満たし、鶏たちがそれを競って食べている間に掃除をしながら卵を集めていた。

 雌鳥しかいないので生んだ卵は全て無精卵だ。

 学校が開いている時は給食室に卵を預けていたが、長期休みの時は当番が持ち帰ってよいことになっていた。

 鶏たちの寝床である藁屑の中に生み落とされた卵を、汚いといって放置する生徒もいたが彼は見つけた卵はもらっている。

 この日、前日の当番がサボっていたようで卵は全部で7つもあった。

 タオルを入れた手提げの中に丁寧に入れていたが、最後のひとつが妙に軽かった。

 見た目は他の卵と変わらないうっすら茶色っぽいだけの卵だ。

 鶏小屋の外に出た彼は、卵を陽の光に透かしてみた。

 新鮮な卵は光に翳すと透けて見える。

 古くなると白身が濁り、さらに腐り中身が干からびると中身の残骸が黒っぽくなって殻にこびりついたりするのを彼は知っていた。

 おそらくは放置されて、中が空になってしまったんだろうと確認するつもりだったのだ。

 太陽に翳された卵は薄ぼんやりと光を透かし、電灯のように見えた。

 中には白身がちゃんと詰まっているようで、では何故こんなに軽いのかと疑問に思った時、卵の中に何か黒っぽいものが動いたように見えた。

 彼は卵を動かしていないのに、のったりとした動きで黒い丸が動く。

 それは何かを探すように卵の中を泳ぎ、やがて卵を支える手、そしてその手を伸ばす彼の存在に気づき、ゆったりと回転した。


 ぎろり。


 と、卵の中に浮かぶ目玉が、彼を見た。

 ぎゃあ、と叫んで卵を放り出すと、卵は放物線を描いて地面に落ち、あっけなくぐしゃり、と割れた。

 じっと見守っていたが、数分たっても何も起きなかったので彼はおそるおそる割れた卵に近づいた。

 残っていたのは卵の殻だけ。白身も黄身も、目玉もそこにはなかった。

 彼はその殻を足で粉々に砕き、逃げるように家に帰ったそうだ。


「って言うのが、隣のクラスの先生が友達に聞いた話だったんだけど」

「その先生も七坂小学校の出身だったの」

「うん。その前日の当番サボったのが先生で、泣きながら怒られたんだって」

 そんな経験をすれば、原因のひとつになる友達に怒りもするだろう。

「ちょっと、昨日、掃除当番忘れてサボりそうになって、当番を行うのは大事だぞ、っていうのと一緒に聞かされた」

 そんな話を聞かされたら、むしろ怪談を期待してサボってしまいそうな息子が心配だけど。

 それ以上に嬉々として卵を眺めたり割ったりしそうなのに?と首を傾げると息子は深々とため息を吐き。

「……卵って鶏の肛門から生まれるんだぁって知って、ちょっと気になっちゃって」

 変なところで繊細というか、なんというか。

 目の前の卵は昨日スーパーで買ってきた安心安全な卵です。

 養鶏場の鶏卵生産者の皆さんにそのため息くらい深く深く感謝して。

「早く朝ごはん食べて学校行きなさい」

「はぁい」

 答えた息子は、食べ始めれば先程までの憂いなど一切感じさせないにこにこ顔で卵かけご飯を食べ終えたのだった。


25、卵の中の目玉

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