第13話 塀の上の猫

 息子が何か白っぽい塊の前で神妙な顔をしていた。

 紙粘土で作ったらしいソレは約20センチほどで大小二つの丸がくっついた形をしている。

 横倒しになった雪だるまのようなそれがなんなのか、一人連想ゲームを脳内で繰り広げた。

「白いひょうたん…?」

「猫だよ!!」

 食い気味だった。

 こう、ここが頭で、お尻で、座ってて、と解説してくれるがただの丸に見える。

 あ、このお尻側の突起が尻尾なのね。

 ひょうたんの口にしては、大きい方にくっついてるのがおかしいとは思った。

「猫なのに耳はないの?」

「参考画像がスコティッシュフォールドだったから」

 写真を見ながら作ってこうなったのか。

 そういえば美術の成績はいつも3だったな、と思い出した。

「図画工作の授業で作ったの?」

「ううん、ちょっと塀の上にのせようと思って」

 息子の答えは丸いひょうたんの正体くらい不可解なものだった。


 七坂小学校はぐるりと壁に囲まれている。

 煉瓦風の壁でところところに窓が開き、一部は低くなって生垣になっていたりする。

 ある時、壁の上に陶器で作られた猫が置かれていた。

 少し前、七坂小学校では陶芸体験が行われていて、焼きあがってきた作品を家まで持ち帰るのを面倒がった生徒が置いていったのだろうと思われた。

 子供らしい拙さはあるが黒白ぶちのなんとも愛嬌のある猫で、香箱座りのポーズが日向ぼっこを楽しんでいるように見えて、気づいた人は特に塀から降ろそうとせずにそっとしていた。

 そしてその猫が気に入ったのは人間だけではなかったようで、いつしか陶器の猫の横に、本物の猫が一匹、寄り添うようになっていた。

 白い猫は陶器の猫に体を擦り付けてみたり、にゃあにゃあと話かけてみたり。

 二匹で隣り合ってる姿を多くの人が見守るようになっていた。

 微笑ましく思いながらも、動かない猫に懐く様子が少し可哀想だという人もちらほら出始めたある日。

 陶器の猫が姿を消した。

 もしかして落ちて割れたかと幾人かが探したがその痕跡はなく、誰かが持って行ったのだろうかと言われ出した時、一人の生徒があの陶器の猫を作ったと手を上げた。

 実はあの猫は家で飼っていた猫をモデルに作ったらしい。

 けれど、窯元で焼いてもらう間に猫が亡くなってしまって、見るのが辛く日向ぼっこが好きだった猫を偲んで塀の上に置いていったそうだ。

 だけど、登下校の際にちらちらと見ているうちに悲しみも和らいで、家に持ち帰ろうという気持ちになった。

 ただ、一緒にいる猫のこともあり、堂々と持って帰るのに気が引けて、夜、家族と一緒に陶器の猫を取りに行くことにした。

「だけど、行った時にはもう塀の上に猫はいなくて」

 結局、行方はわからないのかと皆がガッカリしかけた時、作者は言葉を続けた。

「あの仲良しの猫と一緒に歩いていたの」

 壁のそばの歩道を塀の上でしていたように寄り添って歩き、そのまま道の向こうに姿を消した。

 慌てて追いかけたが、もうどこにも見つけることができなかったそうだ。


「っていう話を聞いて」

 百均で紙粘土を買ってきて猫を作ってみたらしい。

 話を聞いてから改めて息子作の猫(?)を眺める。

 息子の努力は認めてあげたい。だけど、これを果たして仲間と認めてくれる猫がいるかどうか。

「…………紙粘土は外に置いておくには向かないと思うわ?軽いし濡れたらダメになるし」

「あっ!!そっか!そこ考えてなかった!」

 私の言葉に納得してくれたようだったが、一番の問題点は別にあると伝えるかどうかは、夕飯後まで考えよう。


26、塀の上の猫

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