第11話 塞翁が馬

 目当ての六年生くんには会えないものの、七百七十七不思議集めは順調なようだ。

 というか彼を探す過程で会話を交わす人が増え、その分不思議話が集まっているらしい。

「これが『人間万事塞翁が馬』ってやつだね!」

 わが息子ながらメンタルが強い。

 おそらく息子を避けているであろう六年生くんには申し訳ないが、話しかけてしまったことを巡り合わせだと思って、諦めてもらえると嬉しい。

「その『塞翁が馬』って題材で書かれた掛け軸が書道準備室にあるんだけど」

 七坂小学校では美術や音楽、書道といった授業のための準備室がそれぞれに用意されている。

 家庭科などは調理室のすぐ横であるが、書道のように各教室で行われる教科の場合は六畳ほどの広さの小部屋がそれだ。

 書道準備室は黒板に掲示する大きな見本などの教材や、見本帖、忘れ物をした生徒への貸し出し道具などがある。

 そして卒業生から寄付されたと言う掛け軸が一幅あるそうだ。

 墨絵の山と今にも暴れ出しそうな手綱を引かれた馬、そして振り落とされそうになっている人影があり、左上に『人間万事塞翁が馬』の文字が書かれている。

 それなりに名の通った昭和の書家が書いたものなのだが、箱にしまわれて年に数回、四文字熟語の授業がある時に掛け軸のことを知っている先生が持ち出して見せることがあるくらい。

 寄付された当時は職員室に、それからしばらくして応接室に、そして書道準備室の壁にも一時掛けられていたけれど、もうずっと基本仕舞われている。

「飾っておくと、馬が走り出しちゃうんだって」

 人が出払った職員室でダダン、ダダン、ダダンという蹄の音がして振動が窓を揺らす。けれど、室内を見てもなにもない。

 無人のはずの応接室でも同じように音がして、掛け軸の近くに飾られていた花瓶が落ちて割れていた。

 書道準備室では貼り出すために机に置かれていた生徒の作品が散乱し、そこに蹄の痕があったらしい。

「しかも絵の中の馬が徐々に大きく近づいてきてるっていうんだ!」

 箱の中に仕舞われていれば、馬は大人しい。

 ただ、飾られるたびに絵の外に近づいてきているのだとすれば、いつかはすっかり飛び出してきてしまうのか。

「もうすぐ国語で四文字熟語なんだ。先生に一晩、教室に掛けられないかお願いしようかと思ってて!」

 息子が退屈する間もなく七坂小学校に通っているのは嬉しい。

 だけど授業後、掛け軸は速やかに箱に仕舞ってもらえるように祈ろう。


24、掛け軸の中の暴れ馬

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