第6話 赤い靴の女の子

 息子の小学校は私服だ。

 二十年ほど前までは制服があったそうだが、学校の方針の変更やなにかでなくなった。

 一応、学業に差し障りのない、華美な服は避けること、という校則はあるが基準はあやふやだ。

「でも靴は『赤やラメ入りなどの派手なものは慎むこと』ってなってて、なんで赤だけ指定されてんの?って思ってたんだ」

 自分のスニーカーに消臭を兼ねたシューズキーパーを突っ込みながら息子は言った。

 息子は転校先の校則は一通り目を通すようにしている。

「なのに赤い靴、しかもなんかツヤツヤした、いかにもお出かけ用の靴って感じのが落ちてたんだ」

 下校時、友達の家に寄るため、裏門から帰ることにしたら、プールのフェンスの横に靴が片方だけ落ちているのを見つけたという。

 プールは校舎から運動場を挟んだところ、体育館の横にある。

 裏門に近いとはいえ、そこそこの距離はあるので通りすがりの子供が落としていったとも思えない。

 かといって生徒のものなら、ここから靴が片方ない状態で、どこかに歩いて行ったのかということになる。

 なので、あってはほしくないがイジメで靴を片方、捨てられた可能性があるんじゃないかと一緒にいた友達と話合い、靴を持って中央玄関に戻ることにしたのだ。

 手にした靴は小さいサイズで生徒だとしたら、おそらく一年生か小柄な二年生。

 丸みを帯びたつま先で、リボンを模したストラップがついていた。

 外は鮮やかな赤色で中は茶色の革。

 どうみても日常で履くような靴には見えなかった。

「からかわれて、悪戯されちゃったんじゃないかな」

 そう思い、急いで靴箱の並ぶ中央玄関に戻った。

 靴がないと、泣いている子がいないかとうろうろ探していると、あっ!と小さな声が聞こえた。

 振り返ると、一年生より小さい、幼稚園年長ぐらいに見える女の子が、手の中の靴を見つめていた。

 その足元を見ると、同じ靴を片方だけ履いて立っている。

 探して歩いていたのか、靴のない足の白い靴下は少し汚れていた。

「君の?」

 そう尋ねれば、こくりと頷いた。

 落ちてたんだよ、見つかってよかったね、とお兄さんらしく息子たちは声をかけ、女の子の足元に靴を置いてあげた。

 すぐに履くかと思ったが、女の子はうつむいたまま、もじもじして靴を履こうとしない。

 もしかしたら靴下の汚れがつくのを嫌がっているのだろうかと、ちょっとごめんね、と声をかけ、息子は持っていたティッシュで靴下の土汚れを軽く落としてあげた。

「これで靴は汚れないよ、履いても大丈夫」

「……大丈夫?」

「うん、これでお家に帰れるからね」

 そう息子がいうと、女の子は初めて笑顔になった。

 どして靴に足を差し入れ、いなくなった。

「お家に帰ったっていうこと?」

「ううん、目の前からいなくなった」

 驚いて、えっ!と声をあげた息子に、一緒にいた友人たちは。え?と疑問の声を返した。

 なんだよ、用事終わったなら帰ろうぜ、ところで用事ってなんだったんだ?急に靴箱に戻ろうって言ってたけど。

 友人たちの中に、赤い靴を見つけてた記憶はなくなっているようだった。

 息子が中央玄関に戻りたいと言ったからついてきただけ、ということになっている。

 なんでだよ、と聞く前にああ、これ七百七十七不思議か、とすとんと理解してしまったのだ。

「たぶん、あっちだと思うんだよね。学校前で事故にあった、女の子」

 その子は学校の近所に住んでいた子供で、ちょうど学校の裏門付近でスピードを出しすぎた車に跳ねられてしまったのだという。

 衝撃は強く、弾みで女の子が履いていたお気に入りの赤い靴は学校の中にまで飛ばされてしまった。

 その靴が見つかったのはお葬式も終わった後で、女の子はなくしてしまった赤い靴を探しに時折、現れるのだという。

「今回のでもう出なくなるのかなぁ?」

「それは分からないけど……お化けに会ったのに怖くなかった?」

 今見る限り息子の様子はいつもと変わらず、幽霊に会った興奮も見えない。

「それより、もう一つ似た話が聞いた七百七十七不思議にあるんだけど、一緒の話なのか別なのかが気になって」

 両方、遭遇できたら確認できるんだけど、と言うのを見て、我が息子ながらいつから感性が明後日の方向に向いたのだろうと、将来がちょっと不安になった。


 15、赤い靴の女の子

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