第5話 視線の発生源

 ふと視線を感じて振り返れば、そこに息子が立っていた。

「うわっ、驚いた。いつ帰ってきたの?」

「さっき。できるだけ音しないようにしてたのに、お母さん振り返ったよね」

「まあね、視線を感じたから」

 そう答えると、息子は納得したように頷いた。

「やっぱり視線って感じるんだ?」

「そうね。感じたことない?」

 聞き返せばう〜ん、と悩ましげに唸る。

 感じるには感じるんだけど、当たり外れがあるから本当に視線を感じているのか、自信が持てないという。

 確かに、視線を感じたと思っても誰も自分を見ていなかったり、自分の向こう側を見ていることもある。

 そういう瞬間はちょっと自意識過剰だったかと、恥ずかしくなったりする。

「そもそも、視線って別にそこにエネルギーが発生している訳でもないのに、なんで感じるのかなってのも不思議で」

「言われてみればそうね」

 あまり気にしたことがなかった。

「人形とか絵や写真から視線を感じる、って話も七百七十七不思議にあったんだけど」

 七坂小学校では靴箱がある中央玄関からすぐに職員室がある。その入り口脇に落とし物箱が設置されてるそうだ。

 生徒が行き帰りに目にしやすいようにだろう。

 落とし物は基本的には職員室に届け、いつどこで拾ったか記録して落とし物箱に置かれる。

 自分の落とし物が箱にあることを見つけたら、職員室に届けて落とし主の名前とクラスを控えて引き取る形だ。

 鍵やハンカチ、折り畳み傘が多いらしいが、体操服やランドセルが届くこともあるという。

 ある朝、登校してきた女子が落ち着かない様子で辺りを見回していた。

 上履きを忘れでもしたのかと友達が尋ねると

「何か、誰かに見られている気がする」

 そう言って視線の主を探すように、もう一度周囲をぐるりと見た。

 そしてふと一角に目を止めると

「あっ!」

 と叫んで、職員室前、落とし物箱に走り寄った。

「これ、この子……!」

 そこにあったのは何の変哲もないクマのぬいぐるみだった。

 全体的に薄汚れているようには感じられたが、それ以外、取り立てて特徴のないぬいぐるみに見えた。

「◯◯だ……お母さん、捨てちゃったって言ってたのに…」

 女の子は泣きそうな声で、しかし嬉しそうにぬいぐるみを抱き上げて、職員室に入っていった。

 しかし落とし物の届出には拾った時の記録はなく、誰が置いたのかは不明のままだった。

 それから、落とし物箱には奇妙な物が混じることがあるそうだ。

 大抵、その落とし物の持ち主が玄関で視線を感じ、それを辿っていくと落とし物箱の中の物に行き当たるという。

 その落とし物は学校に持ってきたことなどない物であることが大概で、多くは失ったはずの物だという。

「あら、いい話じゃない」

「まあ、無くしたはずの物が返ってくるなら、いい話だけどさ」

 息子はへの字口で呟いた。

「ぬいぐるみはともかく……時計とか指輪とか、そもそも目がないのに、どうやって【視線】なんて感じるの!?」

 そう叫ぶ息子に、私は思わず笑った。


14、無くした物を届ける落とし物箱

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