第3話 小運動場に埋まっているもの
玄関から息子が呼ぶ声が聞こえた。
「タオルちょーだーいー!」
知らない間に雨でも降ったのだろうか?
そう思いながらタオルを手に玄関に向かうと、そこには泥だらけになった息子がいた。
「いったい何してきたの!?」
「運動場で探し物しててさ」
「何を?」
「昔のお金」
すぐに話を聞きたかったが、まずは綺麗にするのが先だと、新聞紙を廊下に敷いてお風呂に直行させた。
息子がシャワーを浴びている間にランドセルを片付け、洗濯物籠に放り込まれた服の泥を洗面で落としていく。
ひどく汚れて見えたので焦ったが、大半は泥というより乾いた土でパタパタと叩けばあっさり落ちた。
一番汚れがひどかったのはお尻の辺り。
「尻餅でもついたの?」
浴室の方へ声をかけると何か返事があったが、水音ではっきりとは聞こえなかった。
詳しい話を聞けたのは、リビングに戻ってから。
「クラスの子に教えてもらって小運動場に行ってたんだ」
七坂小学校には大きな運動場以外に体育館の裏側に小さなグラウンドがある。
昔、登り棒や回転するジャングルジムなどの遊具があった場所らしいが、昔、事故があったので撤去され、空き地になっているようだ。
運動会などの行事の際、待機場所などになるが、普段は小運動場として低学年の体育で少し使われる程度。
子供達も近づかない、と思いきや、実は学校裏の山に接している場所であり、昔々小さな城、というか屋敷というか…そういったもがあったらしく、ところどころ掘り返すと稀に遺物が見つかるそうだ。
それを見つけるのが小学生たちの間で一種のステイタスになっているらしい。
「まあそれはどうでもよかったんだけど、そこで古いお金を見つけた時に変わったことがあったって聞いて」
その子が銅で出来た古銭を見つけたのは、半年ほど前だという。
端が少し欠けていたが深緑色の丸くて中央に四角の穴が空いたそれは、歴史の便覧に乗っていた古銭と同じように見えた。
刻まれている文字はほとんど見えなかったが、確実に古いお金だ!と彼は喜んでもっとないかとその周囲を丁寧に掘っていったそうだ。
明日、これを見せるだけでも皆すごいと言ってくれるだろうけど、できれば完全な形のものが欲しい。
先生が話していたように、瓶の中に入れ、土に埋めたものだったら近くにもっとたくさん埋まっていても不思議じゃない。
そう思って夢中になっていて、いつの間にか辺りが暗くなっていったのにも気づかなかった。
掘り始めて十数分。
あきらめようかどうしようか、悩み始めた時、土の中から白い棒のようなものが見えた。
彼は穴の空いた銅貨は紐を通してまとめていた、という知識もあったのでこれがそうかも!と発奮し、丁寧にその白いものの周囲の土をどけていった。
それは紐よりは太いようだった。枝のような形状をしていて、途中に節があった。
いくつかのパーツが組み合わさったそれは、四本並んでおり……。
そこで彼ははたと我に返って、自分が掘り返したものを眺めた。
紐ではない。
枝ではない。
これは、直接見たことはないがよく似た形状をしっている。
まさしく今、土を掘っている自分の手の構造と一緒の……人の骨だ。
「うわぁっ!?」
思い切り驚いて飛びずさったが、目はその骨から離れなかった。
骨は彼の視線の先でぎしり、と動いた。
ぎこちなく、軋みながら骨だけの手は形を変え、やがて彼に向かって何かを要求するように差し出され。
彼は大きな叫び声をあげてその場から逃げ出した。
さっき拾った古銭を握ったままだったと気づいたのは、家に帰ってからだった。
あの骨が何を要求していたのかは分からない。
だけど、あの時、自分が見つけて持っていたものは半欠けの古銭だけ。
ならば、これを持ってきたのは不味かったのではないか。
これを取り戻しにやってきたらどうしよう。
そう戦々恐々としていたが、彼が恐れていたようなことは何も起こらず、1ヶ月もするころには記憶も薄れ、薄闇の中で何かを見間違えただけだったのではないかと思うようになっていたそうだ。
「でも、怖い話、っていうので思い出して、教えてくれたんだ。ついでに思い出しちゃったら怖くなってきたから、銅貨を返しにいくのについてきてって頼まれて」
面白そうだと思った息子はその子と二人、古銭を持って小運動場に行ってみた。
もう半年も前のこと、古銭を見つけた正確な場所などは分からなくなっていたが
「たぶん、この辺」
と指さされたあたりに、その古銭を埋め直すことにした。
彼が持ってきたプラスチックのスコップで穴を掘り、戻す前にふと息子は古銭をはっきりみておきたいと宙に翳してみた。
緑青をまとったそれはボロボロでやはり文字ははっきり読み取れなかったが、真ん中の穴は綺麗な四角を保っていて、小さな小さな窓みたいだと息子は思った。
その窓の向こうに見えるのは空の青色、のはずだった。
だが、青は見えず、代わりにギロリと瞳が動くのがわかった。
まるでその古銭を目に当てて、こちらを覗き込んでいるかのような瞳の動きだった。そして見られてる!と悟った瞬間、息子は何かに肩を押され、盛大に尻餅をつくことになった。
「何やってんだよ!」
慌てた声に我に返って古銭を持っていた手を見ると、確かに握っていたはずの古銭はなくなっていた。
転んだ拍子に落としたのかと探し回したが見つからず、暗くなってきたために諦めて帰ってきたそうだ。
「まあ、小運動場には返したことになったはずだし」
しれっとした表情で息子は肩を竦めた。
「これも七百七十七不思議に入れていいかなぁ。なんて名前にしよう?」
「……のんきねぇ…」
「だって一瞬すぎて、自分が見たもの信じられないんだよ」
息子はオカルトが好きなのに、どこか信じていないような言動をする。
七不思議収集は息子なりのオカルト実在証明なのかもしれないな、と感じた。
12、古銭の窓の目
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