間話1 チョークが折れる黒板

 七坂小学校五年四組の担任、静川洋子は足早に図書室への廊下を歩いていた。

 職員会議に加えて、転校生に関する伝達や書類ですっかり遅くなってしまった。

「あら、立山書店さん」

 図書室の前に小学校に一番近い書店の前店長が立っているのに気がついた。

「こんにちは。便覧の落丁分をお届けに来たんですが、ついでに廃棄図書をお預かりしようかと思って」

「あら、お待たせしてしまってすみません。司書さんがお願いしてた分ですね」

 静川は急いで図書室に入ると貸出カウンターに入ると、廃棄図書をまとめた段ボール箱を探す。

 ひと月ほど前に長年司書をつとめていてくれた方が体を壊して辞めることになり、急遽、司書教諭の資格を持っていた静川が図書業務を担当することになってしまったのだ。

 幸いなことに七坂小学校は蔵書数も多く、図書に関する行事などもあることから後任の司書を採用する予定なので、忙しいのは短期間ですむはずだ。

 いくつか引き継ぎとして依頼されていた業務の中に、不要になった本の引き渡しもあった。

 端にあった段ボール箱を引っ張り出せば、中に本とリストが入っていた。

 リストと冊数、書名があっているか、立山と共に確認していく。

「ああ、そう言えば、さっき男の子と話をしたんですよ」

「そうなんですか?」

「何か怖い話が好きな子だったみたいで」

 立山の言葉に静川は自クラスにやってきた転校生を思い出す。

 親の都合で各地の小学校を転々としているというその生徒は、今までの転校先で学校の怪談、いわゆる七不思議を集めるのが趣味だと語っていた。

 怖い話というのは子供の間でなかなかに盛り上がるもののようで、休み時間になった途端、転校生は幾人にも取り囲まれ、楽しげに話していた。

「もしかして、あれ、お話になったんですか?立山さんの実体験」

「そりゃあ、俺の持ちネタみたいなもんだから」

 静川のあきれたような声に、立山は皺の寄った顔を更にくしゃくしゃにして笑った。

 前司書からの引き継ぎの中に、立山書店ご隠居の怪談話というものがあった。

 最初の顔合わせの時にうっかりその話題を振ってしまって、しばらく七番目の本棚に近づくのが薄気味悪かったりした。

 それが立山の小学生の時、つまりは今はもうない古い校舎での話だと気づいてからは平気になったが。

「ずいぶん楽しそうに聞いてくれたから、何か好きな本があるなら持ってくるよって言ってみたんだけど、下校時刻になったの気づいたみたいで帰っちゃってねぇ」

 立山は胸元に下げていた来校者用の吊り下げ名札をつまみあげる。

「うちの店の名前、見て覚えていてくれたら、来てくれたりしないかなぁ」

「どうでしょうねぇ。ええと、リストと本、合ってますね。ではよろしくお願いします」

 再度、段ボール箱に本を戻すと立山にリストごと託した。

 最後、図書室の窓がきちんと閉まっていることと、図書室内に生徒がいないことを確かめ、カウンター横に設置されている黒板に明日の日付と図書当番のクラスを書き記した。

「そういや、その黒板はいつまで使うんだい?旧校舎のだろう?」

「そうなんですよねぇ、ホワイトボードの方が使いやすいんじゃないかって、言われてるんですけど」

 辞めた司書がこの古ぼけた感じがいいと使っていたが、チョークの粉が飛ぶのを嫌がる子供も多い。

「いわく付きだからなぁ。使うのも捨てるのも悩むよな」

「え?」

「なんだ、先生は知らなかったか?いつだったか……旧校舎の図書室で自殺した教師がいてな。

 なんでも当時の司書と不倫関係だったかで、それがバレて家族に捨てられ、結婚を迫った司書にもそんなつもりじゃなかったって捨てられ、騒ぎになったせいで学校も辞めるのどうのとなって、当てつけに自殺したらしいんだが」

 小学校でそんなドロドロとした男女関係の騒ぎはやめて欲しい。

 子供たちもショックを受けただろう。

「逢引の連絡に図書室の黒板を使ってたらしいんだが、最後は恨みつらみの言葉を残してて」

「うわぁ……」

「それから何度消してもチョークを出しておくと、次の日の朝には恨み言が力いっぱい黒板に書き殴られるようになってて」

 ふと、転校生を囲んでいた子供たちがチョークが折れるとかなんとか話していたのを思い出した。

 一概にこの話と結びつけるのはどうかと思うが、どうなのだろう?と考える。

「それに司書の方もノイローゼになってしまって、いなくなったって話だけど」

 単純に居づらくなって辞めただけかもな、という言葉に頷いておく。

「まあ、さすがに当時の黒板とは別物になってんだろうけど、図書室の黒板のチョークは必ずしまえって言われるようになったって話だ」

「立山さん、この学校の怖い話に詳しいですねぇ…」

「ここの出身者だし、ずうっと地元だからなぁ」

 静川が不気味がっているのがあからさまだったからか、愉しげにしながら立山は段ボール箱を抱え上げる。

 それに恨めしげな目を向けながら、

 そして、図書室を出る段になって、ふともう一度、黒板に目をやった。

「あの子、最後、黒板のあたりうろうろしてたんだよなぁ。どこかから聞きつけて実物見に来たとかかねぇ」

 学校の怪談なんて、九割以上は単なる噂に尾鰭がついたものや、危ない場所に近づいたり、危険な行為をさせないための教訓めいた作り話、子供の目に不思議に見える現象を大げさに語っただけのものだろうと静川は考えている。

 だけど、立山は自分が不可解だと思う実体験をしていることで、そういうオカルト的な存在も信じているのだろう。

「他のとこにも無闇にやたらと近づいてなきゃいいけどねぇ」

 立山の妙に予言めいた呟きを振り払うように、静川は甲高い金属音を立てて図書室をしっかり施錠したのだった。


5、チョークを出して帰ると翌朝半分に折れてる黒板

7、黒い本の配達人→存在しない忠告する司書

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