第1話 図書室の話

「おかーさーん、チョークは失敗した!」

 転校二日目、息子は元気に帰宅した。

 今回の学校は息子の趣味が充実しそうなこともあり、前の学校の時より生き生きしている気がする。

「ええっと、折れちゃうんだっけ?」

「そう、図書室のカウンター横の黒板なんだけどね」

 これくらいの、と息子は横50センチ、縦1メートルほどの長方形を宙に描いた。

 カウンター当番や伝達事項などを書いておくものらしい。

「ホワイトボードじゃなくて黒板なのね」

「旧校舎の名残で置いてあるんだって」

 歴史を残しておきたいとか、そういう意図でもあるんだろうか?

 それなりに古いけど、補修もされているので十分使えてはいるらしい。

「放課後、ぎりぎりまで図書室にいて、追い出される時にこっそり置いて帰ろうと思ったんだけど、見つかっちゃった」

「怒られなかった?」

「経費が嵩むからやめてって言われた」

 怖いから、とか何かがあるから、ではなく、チョークが過剰に消費されてしまうことが問題なのか。

 だけど、折れるのが当然のように忠告されているのは面白い。

「検証して報告するって言ったのになぁ」

「新しい不思議は今日はないの?」

 まだ学校の不思議は七百七十二あるのだ。何かしら聞いてきているのでは?と尋ねると、それはもちろん、と頷いた。

「その黒板が旧校舎にあったんだって教えてくれた人なんだけどね」

「あら、図書の先生じゃないの?」

「うん。本を納入している本屋のおじいちゃんだったんだけど」

 本屋さんが配達に来ているのか。

 学校が発注する本は宅配便とかでくるのかと思ってた。

 まだまだ地元密着型の学校なのね。

「手前から七番目、一番奥の本棚にごくたまにあるはずのない本がある時があるんだって」

「怖い本なの?」

「読んだ人はいなくなるから、内容は分からないって」

 ある時、七番目の本棚の左から七番目に、真っ黒な背表紙の本があったらしい。

 それを見つけたのは図書委員の一人で、図書整理の日だったそうだ。

 表紙も背表紙も真っ黒でタイトル不明だったため、何の本か確かめるために読み始めたのだという。

 周囲の図書委員はしばらくしてもその子が七番目の本棚から出てこないので、ずっと本を読んでいるのかと思い、先に仕事をするように声をかけた。

 だが、その子から返事はない。

 よほど面白い本だったのかもしれないが、図書整理が終わらないことには帰れないので、読書を止めようと七番目の本棚を覗き込んだ。

 だけど、本棚の前には誰もいなかった。

 確かにその本棚の前で黒い本を開いた子の姿を見たし、そこから出てくる人はいなかったというのに、その子はそれからいなくなってしまったのだ。

「……っていう」

「学校の怪談話にしては結構詳しいわね」

 息子が今まで集めてきた七不思議は事象のみが伝わっていたり、曖昧な話が多い。

 その中では時系列がしっかりしているように思える。

「そうだね。本屋のおじいちゃんの実体験だって言ってたから」

「え?」

「それで聞かれたんだよね。

 次は君が好きな本を持ってくるよ。どんな本がいい?って」

「……なんて答えたの?」

「答える前に、図書の先生に図書室を閉めるから、帰りなさいって言われて追い出された」

 あと、ここに本屋さんが配達に来てたのは二十年前くらいまでだから、本屋を名乗る人とはもう話しちゃだめよ、って。

 七坂小学校が息子の趣味に合うのは確かだろう。

 だけど合いすぎるのも問題があるのでは?と、少し不安がよぎった。


6、七番目の本棚の黒い本

7、黒い本の配達人

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