第13話 用心棒

 「どういうことだ?」


 シモンは薄い青色の瞳を腹心の部下であるクルトに向けた。


「俺が訊きたいぐらいですよ、シモンさん。ストガー地区は今後、奴らの支配下に置くと一方的に宣言してきたわけですから」


 クルトは怒りを抑えきれない様子で、尖らせた黒色の瞳をシモンに向けている。

 シモンはそのクルトの瞳を一瞥すると、派手な舌打ちを立てて椅子に深く座り直した。


 兄は本当に自分と殺し合いでも始めるつもりなのかとシモンは思う。血が繋がっていないとはいえ、小さい頃から兄弟として育てられてきた。その二人で本当に殺し合いを始めるつもりでいるのか。


 死んだ育ての父親からは互いに兄、弟として慕い合うのだと言われ続けてきた。シモン自身は言われなくてもそのつもりだったし、実際に兄を慕ってもいた。四つ歳が上である兄のガイルもそのはずだった。自分を本当の弟のように可愛がってくれていたはずだった。


 ところが父親が死に、あの女がガイルの傍に現れてから状況が一変した。父親が死んだ後、シモンとガイルで分け合った裏社会の利権。そのシモンの利権をガイルが犯そうとしているのは間違いないようだった。


 ……兄さん。

 シモンは心の中で呟く。


「こっちの被害はあったのか?」

「いえ、それが……」


 クルトが何故か言い淀む。


「何だ、何かあったのか?」


 シモンは怒りを抑えながら言う。今年、四十歳になるクルトは自分にとって唯一の腹心といってよかった。怒りを露わにしなかったのは、その腹心であるクルトの不興を買うのはよくないとの判断からだった。


 シモン自身はまだ二十三才の若造でしかない。そんな若造の自分が、育ての父親から引き継いだ組織や仕組みを曲がりなりにも運営していけるのは、クルトの手腕によるところが大きかった。クルトが下の者を上手に押さえつけて動かしてくれているから、シモンは組織の頭として君臨できているのだった。


「心配するな。別に怒りはしない」


 シモンはクルトの言葉を促した。


「ガイルさんの件とは別なところで、ギアスの奴が揉めまして」


 ギアス。確か二十歳そこそこの鼻っ柱だけは強い若者だった。

 それがどうしたとシモンは思う。他人と揉めるのは街を仕切っている自分たちの仕事みたいなものだ。


「それで、どうした?」

「……片腕を斬り落とされました」


 シモンは思わず絶句する。荒事が自分たちの専門とはいえ、刃傷沙汰になることはまずない。この街を治めている代官と常駐している形ばかりの騎士団には大量の鼻薬を嗅がせている。よって、少しぐらいの刃傷沙汰で騒ぎとなるようなことはないとは思うが、いずれにしても派手な揉めごとは不味い。


「他の連中も慌てて飛びかかったのですが、全て返り討ちにあいまして。ギアス以外に斬られた奴はいないのですが、十二人が伸されました」


 クルトの言葉にシモンは声を荒げた。


「何だ、その情けない話は。俺たちは荒事専門だろう。たった一人にぶちのめされたってことか?」

「すいません。ガイルさんのところと揉めようって時に、怪我人を出すようなことになっちまって」

「怪我人はどれくらいだ」

「片腕を斬り落とされたギアスを除いて、骨を折られた奴が五、六人。他の奴らも一週間は動けないかと」


「何なんだそれは。化け物でも相手にしたってのか?」


 呆れたようなシモンの言葉にクルトは無言で肩を竦めてみせた。そんなクルトを見ながらシモンは更に言葉を続けた。


「で、そいつらを伸した化け物はどうした。落とし前はつけたのか?」

「いや、そんな化け物相手に落とし前は無理ですからね。丁度、ガイルさんと揉めてる時です。用心棒にでもできねえかと思って、連れてきました」


 用心棒。化け物のように強いのであれば、確かに考えとしては悪くないとシモンは思う。結局のところ落とし前なんぞはこちらの面子だけの問題なのだ。


「で、何者なんだ。その化け物は?」

「傭兵くずれのようですね。それがやたらにでかい男で……」


 クルトはそう言うと背後で立っていた若者に、その用心棒候補を連れてくるよう目で合図をしたようだった。

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