第14話 契約

 やがて扉が開かれて男が姿を現した。確かにクルトが言ったように、背に長剣を背負う巨大な体躯をした男だった。


 背丈もそうなのだが、もっともシモンが目を見張ったのは二の腕の太さや胸板の厚さだった。それは常人の域を軽く凌駕しているように思えた。それに伴って他者に与える威圧感も相当なものだった。


 年齢は三十歳半ばぐらいだろうか。男は臆する様子を見せせるようなことはなく、茶色の髪と同じ色の瞳をシモンに無言で向けていた。


 そして、その横にいる十歳にもなっていないような子供がひとり……。


「クルト、てめえ、ふざけてるのか。子連れの用心棒なんて聞いたことがねえぞ」

「い、いえ、ですが……」


 クルトがシモンの怒気を受けて言い淀む。クルトは男に薄い青色の瞳を向けた。


「その餓鬼はお前の子供か」

「餓鬼じゃない。ミアだ。言葉には気をつけろ。俺の娘だ」


 男の低くさして大きくはない声が部屋に響く。


「てめえ、てめえこそ、その口の聞き方は……」


 腰を浮かしたクルトをシモンは片手で制した。


「ふん、大した度胸だな。俺はシモン。この街の半分を裏で仕切っている。お前、名前は?」

「グレイだ」

「背中の長剣……傭兵くずれか?」

「まあ、そんなものだな」


 グレイと名乗った男の返答は素っ気なかった。


「子供連れで旅とは珍しいな。傭兵くずれが親子で何の旅だ?」

「お前には関係のない話だ」


 グレイの言葉に、クルトは我慢がならないといった感じで勢いよく立ち上がった。


「てめえ、いい加減にしろ」


 それをシモンは再び片手で制した。


「クルト、何度も言わせるな」


 シモンにそう言われてクルトは再び腰を下ろす。


とと様、この人は父様に怒っているのですか? 怒っているのであれば、父様は謝らなければならないですね。本にありました」


 ミアと呼ばれた娘はクルトに視線を向けて口を開く。その娘の声を聞いた瞬間、シモンの背筋を冷たいものが走った。クルトも同様だったようで、驚いた顔で娘の顔を見ている。そんなシモンたちを他所にグレイがミアに言葉を返した。


「いや、いい。こいつは俺を恫喝しているだけだ」

「恫喝、そうですか。恫喝はいけないことですね。父様に謝らなければいけないことですね」


 ミアはそう言うと、それ以上の興味は皆無なようでそのまま口を噤んでしまう。


 ミアが発した声。その声には感情というものが全く籠もっていなかった。どこまでも平坦で、まるで地の底から響いてくるかのような印象さえあった。


 加えて、ミアには表情というものが全くないことにシモンは気がついた。見た目は造作が整った美しい顔立ちといってよいのだろう。だが、そこには感情といったものが浮かんでいるようには思えなかった。それはまるで人形のような美しさだと言うべきもののよう思えた。


 声といい、その表情といい、気味が悪い。

 それがシモンの娘に対する率直な感想だった。


「どうかしたのか?」


 気がつけば、椅子に座り娘を唖然とした表情で見ていたシモンをグレイが上から見下ろしている。


「い、いや」


 シモンは頭を左右に振ると再び口を開く。


「で、グレイ、ここに来たということは、用心棒を引き受けてくれるんだな?」

「用心棒か……」


 グレイはそこで言葉を切り、表情を変えることもせずに再び口を開く。


「代償は何だ?」


 代償?

 グレイの言っている意味が分からなかった。


「代償? 金のことを言ってるのか? 心配するな。金なら言い値を出してやる。傭兵なんぞよりは稼げるだけの金をな」

「俺を雇う代償は金か。そうだな。金は大事だ」


 本人は格好をつけているつもりなのか。グレイの言おうとしていることが、シモンには今ひとつ分からなかった。だが、結局のところ所詮は金なのだろうとシモンは思う。


「グレイ、契約成立だな」


 シモンは立ち上がってグレイに片手を差し出した。グレイも自分に差し出されたその片手を拒否せずに握る。


「この代償の向こう側は何なのだろうな」


 手を握った時にグレイが呟くように言った意味も不明なこの言葉が、何故かシモンの耳に強く残ったのだった。

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