第4話 王子は心配
ラックは厨房から戻ってきた祖父、コーエンに尋ねる。
「うまく行った?お嬢様は大丈夫?」
「ああ、ラック。オリスがこっそり見ていたらしいが、あの酷い料理を執事が苦しそうに食べておったと言っていたぞ」
アダリーシアは逆に、薬草入りの野菜ジュースを飲んだと聞いて、ラックはホッとする。
「良かった…」
「本当に。今日の朝は死んでしまうと思ったよ。まったく、アドルフは何をしているのか…」
毒により倒れたアダリーシアへ解毒効果のある薬草を煎じて飲ませたのは、コーエンだ。
「本当に、何をしているの?」
孫の真っ直ぐな目に、コーエンは詰まる。
「…色々とあるのじゃよ」
「そればっかり!」
ラックはぷうと頬を膨らませた。アダリーシアと同じく10歳になる孫を、彼は優しく撫でる。
「明日も、薬草を届けるの?」
「そうじゃな。顔色がまだ悪いようじゃし、しばらくは飲んだほうがいい」
「僕も届けたい」
「ああ。もう少ししたら、庭に出てくると思うよ。そうしたらお話しよう」
「うん!」
庭師の使う納屋にいるのは、コーエンとラックのみだ。
数少ない庭師たちは、日中は皆仕事で散っておりここを訪れる人はまずいないので、2人の談話室となっていた。
「さ、部屋に戻ろう。春先とはいえ、冷えてしまうよ」
「はーい」
素直な孫の手を引いて、コーエンは使用人の住まう棟へ向かう。
(まったく、あちらもこちらも、どうなっておるんじゃ)
思わず心の中でボヤく。
ラックの母である王妃は長らく病床の床についている。父王は仕事と子供そっちのけで妻にかかりきり。お陰で彼は一人ぼっちになってしまい、側妃に教育と称して呼びつけられては虐められていた。
(この子を助けられたのは良かったが…)
コーエンはサイバリオン王国の元・王様だ。
現在は隠居しており、王宮の敷地の端や郊外で薬草園を管理していたが、その噂を聞きつけて孫を護らなければと思い…王太子の教育をしようと建前を突き付けて側妃からラックを引き離し、その身柄を引き受けていた。
その孫は、今朝のアダリーシアの一件で母を思い出したのか、浮かない顔をしている。
「母上、大丈夫かなぁ」
「大丈夫じゃよ。今日は薬湯を自分で飲んだらしいからの」
「本当?良かった!」
ニコニコと笑顔を向けてくる優しい孫は、不憫な生活を強いられていたアダリーシアの事も心配している。
(婚約者筆頭の、噂のご令嬢…見に来て正解じゃったな)
王宮には様々な噂が運ばれてくるが、公爵家をよく思っていない家がよく持ち込んでいた話は、公爵家令嬢であるアダリーシアの事だった。
彼らがばら撒く内容は、たいてい、”太っていてわがままで醜い”というもの。
だから王太子妃に相応しくないと進言してくるし、父親である公爵も黙ったまま否定しない。
(噂はあくまでも噂じゃからな…)
この国には”噂烏”という職業がある。その職業の者は、身体の表面のどこかに黒いカラスを表した何かを付けている。
真実からかけ離れた情報を広めると厳罰が下るので、少々脚色した話を広めたい時に、これを使うのだ。
噂烏の話す内容は登録制で出処も管理されている。誤った情報で問題が起きた際に、広めるよう指示した者を処罰するためだ。しかしこの情報は基本的に秘匿されている。
だから、貴族は情報収集をする際に噂烏を見抜かなければいけないし、噂のどの部分が本当かを調べなければならない。
婚約者候補筆頭が問題のある人物と聞いて、自分を虐めた側妃のような人なのかと憂いていた彼に「見に行けばいい」と伝えて…なおもコンタクトを取ってくる側妃を避けるために、王宮から王子を引き剥がすためにアドルフの秘書に無理を言って使用人の枠を作ってもらい、ラックを連れて来たのだ。
一週間前から屋敷に入ったが、公爵家令嬢の状態は酷いものだった。
まず令嬢扱いされていない。下位貴族や商人の娘のほうが何倍もマシだと思われた。
質素な服を身にまとい、教育も受けておらず、食事も酷いものを与えられていた。あれでは太らないほうがおかしい。
それに王都に居るというのにお茶会もなく、このままデビュタントもないのでは?と思うほど、外にも出さない。
(エメットは、これを知ってもらいたかったのだな…)
従僕から主に苦言を呈しても響かないのだろう。それなら上から言ってもらいたいと思ったのかもしれない。
コーエンは、始終怒られないか…虐められないかとビクビクしていた、可哀想な令嬢を思い浮かべる。
ラックも少し前の自分と重ねたのか、「可哀想、どうにかしようよ」と言っていたが、執事の動向もおかしいし下手に動いて令嬢の命が危険にさらされてしまうのも避けたい。
そうして数日の間様子を見ていた所に、使用人の誰かが盛った毒で命の危険が訪れた。
コックのオリスはコーエンに指摘されてから密かに見守っていたのだが、お嬢様が椅子から落ちても、メイドや侍従たちはなぜか動かない。
数日前にキッチンを使いたいと挨拶をしてきた、薬草を育てているというコーエンの元へ走ってきたのだ。
そしてアダリーシアをコーエンが助けることになった。
急いで部屋へ運び、王宮の自分の薬草園から持ってきていた株から薬を煎じて飲ませた。
(廊下や部屋は掃除されておらんし、古参の使用人は虚ろな目をしているし…)
屋敷内部の異様な様子に、もうここは危険だ、目が覚めたら王宮に連れて行こうと思ったところで、令嬢に変化が現れた。
「ねぇ、どうして急に…やり返そうと思ったのかな?」
ラックは自分が成し得なかったことを、同じ年齢の、しかも教育も何も受けてない少女が行ったことに驚いていた。
コーエンも、日中にコックであるオリスから「お嬢様の食事ために薬草を用意して欲しい」と言われた時は「どうして??」と思った。
理由を聞いたらば「執事にやり返すようだ」と嬉しそうに話していたのを思い出す。
今まではそんな素振りは全く見せなかったというのに。
「そうじゃなぁ。…味方もおらず、死にそうになって、もう、大人しくしているのはやめよう、と思ったのかもしれん」
事実そうだ。このままの状態が続けば、1年以内に命を落とすと思われた。
ラックは悲しそうに言う。
「…まだ小さい女の子なのに」
「ああ、そうじゃよ。…ラックはどうしたい?」
あの子を、婚約者筆頭を、とは言わない。
王族は肩書や見た目に惑わされてはならないからだ。
「え?僕?…僕は…あの子を護りたい…お祖父様が護ってくれたように」
意外な言葉に、コーエンは目を見開く。
「む?わしか?」
「うん。味方がいるって、嬉しかった。だから、僕もあの子の味方に…」
婚約者筆頭候補という事は忘れているようだ。
一人の人間として、向き合っている。
「お祖父様のように…格好良くは、いかないかもしれないけど」
えへへ、と笑う孫を思わず抱きしめた。
(さすがはわしの孫じゃな!)
自分は彼を連れ出した時、王族の、王太子への義務と少々思ったものだが、今は違う。庭師として生活し、様々なことを話す内になんて素直で可愛らしい、正義感のあふれる子供だと孫をより一層、愛するようになっていた。
「では、そうしよう。明日も薬草を届けに行こうか」
「うん!」
大好きな祖父の提案にラックは笑顔で頷き、コーエンもまた愛する孫のために、自分の命のために一歩を踏み出した小さな女の子のために、何か出来ないかと思い始めるのだった。
〜〜〜
作者より
結局毎日あげています…(^_^;)
この先、更新頻度や時間が変わる予定が
ありますのでそこはご了承ください
m(_ _)m
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