第14話 従姉妹と、みんなに
*
俺は一華さんと朝ごはんの準備に取り掛かるが、咲茉のことで頭がいっぱいになる。
咲茉が俺のことを好きというのは知っていたが、まさか、恋愛的な意味だとは思っていなかった。
咲茉の気持ちは嬉しいが、俺の答えは決まっている。
俺にとって、咲茉は妹のようなものなのだ。
「ねえ〜、蒼生〜」
「……はい? なんですか?」
「なんか、元気ないよ〜。どうかした〜?」
「いえ……別に」
「そう? なら、いいんだけど……悩みがあったら、いつでも相談に乗るから言ってよね」
「ありがとうございます……」
やはり、一華さんは優しい人だと思う。
俺の様子がおかしいことに気がついてくれるとは……。
俺の心の中では咲茉のことが引っかかっている。
彼女は、いったいなにを言いたかったのだろうか?
咲茉は昔から俺を慕ってくれていたが……それが恋心だったのか?
…………まあ、考えても仕方がないよな。
咲茉の言う通り、今の日本でも、いとこ同士での婚姻が認められている。
咲茉が本気になったら、どんな行動を取るのだろうか……。
不安しか感じられない。
俺が咲茉に振り回される未来が見える。
でも、今日の朝にあったことは、一華さんに言ってはマズい気がする。
なぜなら、確かに最近、俺は陽葵のことしか考えていなかったのだから。
「一華姉さん、蒼生くん、おはよう」
「……ああ、おはよう」
「おはよう〜」
琴葉さんも起きてきて、朝の挨拶を交わす。
「蒼生くん、どうかしたの? ……もしかして、陽葵の件について思うところがあるの?」
「いや、そういうわけでは……」
「そっか、よかった」
「……はい」
琴葉さんは安心していた様子だったが……俺の内心は穏やかではない。
そんな俺の様子を見て、一華さんは、なにかを察しているようだった。
「……ま〜、あんまり思い詰めても仕方ないよ〜。蒼生は蒼生らしく、自分のペースで、がんばればいいと思うよ〜。私たちも協力するから〜」
「そうですね……ありがとうございます」
俺は咲茉のことを子どもだと言ったけど、自分だって、まだ十五歳の少年でしかない。
人生経験も少なく、まだまだ未熟だ。
咲茉の気持ちに答えることはできないけど、彼女の好意を無下にすることはできない。
咲茉のことは嫌いじゃない。むしろ好きだ。
だからこそ、悩むのだ。
俺は咲茉のことをどう思っているのだろうか?
わからない。
でも、俺が咲茉を異性として意識してしまっていることは、ちょっとだけ事実だ。
咲茉が俺の部屋に侵入してきたとき、俺は咲茉から、ぎゅっと抱きしめられてしまったことをちゃんと拒めなかったのだから。
咲茉が部屋に入ってきた瞬間、俺は咲茉の甘い匂いを感じ取った。
俺は女の子らしいフローラルな香りが大好きなので、咲茉の匂いは俺好みだった。
そのせいか、少しドキドキしてしまったのは否定できない。
「蒼生〜、早くごはんを食べよう〜。今日も陽葵を守らないとだからね〜」
「そうですね」
「……蒼生くん、無理だけはしないでね」
「琴葉さん、大丈夫ですよ」
「蒼生は〜、がんはり屋さんだけど、もっと私を頼ってもいいからね〜」
「わかってますよ。頼りにしてます、一華さん」
「ふふ、頼られたら、がんばらないわけにはいかないな〜」
みんな、俺のことを心配してくれている。
本当にありがたいことだ。
この家で、お世話になっている限り……陽葵を守るという目的を忘れてはいけない。
俺が守るべきなのは、陽葵なんだ。
そう決意しながら、朝ごはんを食卓に並べる。
「おはよう、みんな」
「おはよう、陽葵。朝ごはん、できてるよ」
「ありがとう、蒼生。たまには休んだっていいんだよ」
「そういうわけにはいかない。お世話になっているからね」
「……蒼生は相変わらず真面目だね」
陽葵は苦笑して言った。
「ありがとう。冷めないうちに食べてくれ」
「うん……あ、そういえば、咲茉はどうしたの?」
「咲茉ちゃんは用事があるみたいでね。朝早くから出かけたよ」
琴葉が言った。
「そうなんだ」
「咲茉は部活で忙しいからね〜」
俺は少しだけ真顔になってしまった。
「……咲茉は、いろんな部活で助っ人として呼ばれているから、そりゃあ、朝から忙しいのはザラだしね〜」
「……そうなんですか?」
「まあ、かなりいいほうだよ〜。咲茉は天才肌だから〜。蒼生は咲茉が運動神経バツグンだってこと知ってるでしょ〜?」
「はい。でも、そこまでとは思っていませんでした」
「咲茉はすごいよ〜。咲茉のおかげで助かった場面なんてたくさんあるから〜」
「へえ……」
俺にとって咲茉は妹のような存在だけど、彼女はそんなふうに思われたくないかもしれない。
……いや、もう、咲茉のことは考えないようにしよう。
俺にとって咲茉は従妹であり、家族みたいなものだ。それ以上でも以下でもない。
「蒼生、どうかしたの〜? 箸が進んでないけど〜」
「あ、う、うん。なんでもないよ」
「そう? ……まあ、なにがあったら相談に乗るから〜」
「ありがとうございます」
「蒼生、無理しないでね」
「ああ……ありがとう、陽葵」
俺は気を取り直して、朝食を食べることにした。
*
朝ごはんを食べ終えたあと、俺は琴葉さんと陽葵と一緒に登校する。
琴葉さんと陽葵は学校で美人として有名だから、道行く人は彼女たちに注目する。
琴葉さんはクールビューティーな美人、陽葵は明るくて、かわいい系の美少女だからな……。
ふたりは学校内でも人気者だから、当然の反応だろう。
「ねえ、琴葉さん」
「ん? 蒼生くん、どうかしたの? ……もしかして、体調が悪いとか?」
「いえ……そういうわけではないです」
「そっか、よかった」
琴葉さんは安心したように微笑む。
琴葉さんは、いつも俺を心配してくれる。
琴葉さんは俺にとても優しい。
琴葉さんは誰に対しても優しい人だと思う。
俺のことも、陽葵のことも、そして……咲茉のことも、きっと平等に愛してくれる人なんだろうな。
「……あの、琴葉さん」
「なにかな?」
「琴葉さんは、俺にできることがなんなのか考えてくれていると思うのですけど、その答えを教えてくれるわけじゃないですよね」
「……そうだね」
「どうして、ですか?」
「……ごめんね、蒼生くん。私は誰かに答えを教えられるほど、人間ができていないの。だから、答えが浮かんだとしても、それをあなたに伝えることはしない。ただ、自分で見つけ出すしかないと思う。それが、一番の近道だから」
「…………」
確かに、その通りだと思った。
俺は、俺自身が、なにをすべきかをまだ、わかっていない。
それを自分で見つけることが、大事なのだ。
「……そうですね」
「うん。蒼生くんなら、必ず答えを見つけ出せると思う。だから、焦らず、自分のペースで、がんばってほしい」
「わかりました」
「蒼生、急に、どうしたの?」
陽葵が俺のことを見つめてくる。
「……陽葵、いや、なんでもないよ」
「そう? なにか悩みがあるなら、わたしにも遠慮なく言っていいからね」
「ああ、ありがとう」
「陽葵は、本当にいい子だね」
「……はい。もちろん、琴葉さんも」
「蒼生くん、私も、あなたの力になりたいと思っているからね」
「……はい」
俺の気持ちは、どうすればいいのかわからない。
だけど、みんなが俺のために考えてくれていることはわかる。
俺が、なにか大きなことを成し遂げられる人間ではないということは、なんとなく自分でも感じていることだ。
昔のことだって、あるしね。
それでも、俺のことを見守ってくれている人たちがいる。
だから、前に進まなきゃいけないんだ。
いつか、みんなに恩返しをするために。
「とりあえず、蒼生、いこうか」
「うん、陽葵、いこう」
俺たちは学校に向かって歩き出した。
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