第15話 従姉妹と、生徒会室の前まで


  *


 朝ごはんを食べ終えたあと、俺は琴葉さんと陽葵と一緒に登校する。


 琴葉さんと陽葵は学校で美人として有名だから、道行く人は彼女たちに注目する。


 琴葉さんはクールビューティーな美人、陽葵は明るくて、かわいい系の美少女だからな……。


 ふたりは学校内でも人気者だから、当然の反応だろう。


「ねえ、琴葉さん」


「ん? 蒼生くん、どうかしたの? ……もしかして、体調が悪いとか?」


「いえ……そういうわけではないです」


「そっか、よかった」


 琴葉さんは安心したように微笑む。


 琴葉さんは、いつも俺を心配してくれる。


 琴葉さんは俺にとても優しい。


 琴葉さんは誰に対しても優しい人だと思う。


 俺のことも、陽葵のことも、そして……咲茉のことも、きっと平等に愛してくれる人なんだろうな。


「……あの、琴葉さん」


「なにかな?」


「琴葉さんは、俺にできることがなんなのか考えてくれていると思うのですけど、その答えを教えてくれるわけじゃないですよね」


「……そうだね」


「どうして、ですか?」


「……ごめんね、蒼生くん。私は誰かに答えを教えられるほど、人間ができていないの。だから、答えが浮かんだとしても、それをあなたに伝えることはしない。ただ、自分で見つけ出すしかないと思う。それが、一番の近道だから」


「…………」


 確かに、その通りだと思った。


 俺は、俺自身が、なにをすべきかをまだ、わかっていない。


 それを自分で見つけることが、大事なのだ。


「……そうですね」


「うん。蒼生くんなら、必ず答えを見つけ出せると思う。だから、焦らず、自分のペースで、がんばってほしい」


「わかりました」


「蒼生、急に、どうしたの?」


 陽葵が俺のことを見つめてくる。


「……陽葵、いや、なんでもないよ」


「そう? なにか悩みがあるなら、わたしにも遠慮なく言っていいからね」


「ああ、ありがとう」


「陽葵は、本当にいい子だね」


「……はい。もちろん琴葉さんも」


「蒼生くん、私も、あなたの力になりたいと思っているからね」


「……はい」


 俺の気持ちは、どうすればいいのかわからない。


 だけど、みんなが俺のために考えてくれていることはわかる。


 俺が、なにか大きなことを成し遂げられる人間ではないということは、なんとなく自分でも感じていることだ。


 昔の、ことだって、あるし……。


 それでも、俺のことを見守ってくれている人たちがいる。


 だから、俺は、前に進まないといけない。


 いつか、みんなに恩返しをするために。


「じゃあ、行こう、蒼生」


「……おう」


 俺たちは学校に向かって歩き出した。


  *


 学校に着くと、生徒たちが、俺と琴葉さんと陽葵のことを見ていた。


 それも、好意的な視線ではなく、どちらかというと嫌悪の感情に近いような気がする。


「……なんか、見られてる?」


「まあ、そりゃあ、こんな美人な生徒会長と一緒に登校していたら、見られるよね」


 陽葵の言葉に、琴葉さんは苦笑している。


「……そうなんですかね」


「まあ、俺たちは気にせずに行きましょう」


「そうですね」


「蒼生、今日は生徒会の仕事に行くけど、どうする? 一緒に来る?」


「……そうだな。一緒に行くよ」


「わかった。じゃあ、琴葉姉さん、蒼生のことも、よろしくね」


「ええ。蒼生くん、そういうことだから、よろしくね」


「えっ、あっ、はい……? こちらこそ、よろしくお願いします……?」


「ふふっ」


 琴葉さんはおかしそうに笑った。


「えっと……?」


「いや、なんだか、面白いなと思って」


「はぁ……」


 よくわからなかったけど、とりあえず返事をしておいた。


 琴葉さんの考えが、わかるような、わからないような……。


「……それじゃあ、琴葉姉さん、またね。蒼生、行こう」


「あ、ああ……」


 陽葵が俺の腕を引っ張る。


 そのまま、教室まで連れて行かれた。


  *


 教室に入ると、いつもと様子が違うことに気がついた。


 いつもより、ざわついているような……。


 ただ、俺は陽葵と一緒に登校しただけなのに、どうしてここまで注目されるのだろうか。


「おはよう、蒼生」


「おはよう、悠人」


「おはよう、陽葵」


「おはよう、知世」


 いつものように俺たちは進野兄妹に挨拶を交わす。


「なんで、こんなに、ざわついているんだ?」


「いつも通りじゃない? 蒼生みたいな、ごく平凡な少年が、どうして理事長の娘と付き合っているのか、その理由を知りたがっている……ただ、それだけの話だよ」


「それだけって……そんな簡単な話じゃないだろ」


「……まあ、それはそうだな」


 悠人は苦笑いを浮かべていた。


「でもさー、蒼生は本当にすごいと思うよ。普通なら、もっと浮かれてもいいはずなのに、全然そういうふうにならないんだもん」


「……どうだろ。わかんなくなってきた」


「どういう意味?」


「俺、最近ずっと考えていることがあるんだ。俺が本当にやりたいことはなんなのか。なにをすべきなのか。そして、俺がこの先どうなりたいのか……。まるで、頭の中にモヤがかかったみたいになって、うまく考えられないんだよ」


「そっか……」


「……ごめん。なんか、変なこと言ったな」


 俺が謝ると、ふたりは微笑んでくれた。


「いや、別に大丈夫。確かに、そうだな。おまえは陽葵さんを守っている。けれど、陽葵さんに守られているところもあるんじゃないか?」


「……それも、そうだな」


「そうだよ。わたしも……蒼生には感謝してるんだ。いろいろあって、落ち込んでいたときもあったけど、蒼生のおかげで立ち直れたところがあるからね」


「そうだったのか」


「うん。だから、わたしは蒼生に救われたの」


「知世……ありがとう。でも、俺だって、陽葵に助けられてるところはあるからな」


「そうかな」


「ああ。だから、お互い様だと思う」


「ふふっ」


 陽葵が嬉しそうに笑う。


 すると、悠人が俺のことを見つめてきた。


「蒼生、陽葵さんのことで悩んだり、困ったりしたら、いつでも相談に乗るからな。親友として、俺ができる限りのことをするから」


「ああ、ありがとう」


 悠人の言葉を聞いて、心強いと思った。


「私も協力するよ! なんでも言って!」


「ありがとう、知世。頼りにしてる」


「わたしも、知世に頼らせてもらおうかな」


「任せてよ、お兄ちゃんも手伝ってくれると思うし」


「悠人も、ありがとな」


「……ああ」


 会話が弾んだところでチャイムが鳴った。


「あ、やばっ、席に着かなきゃ」


「そうだね」


「じゃあ、またあとでな」


「ああ」


 俺たちは自分の席に着いた。


  *


 学校にいる時間、俺は考えていた。


 自分がこれから、なにをすべきかを。


 俺は、陽葵を守ると決めた。


 ただ、その気持ちだけで行動してきた。


 陽葵のためにできることを探し続けた。


 だけど、俺は……見えていなかった。


 俺は、陽葵の支えになっているのかどうかを。


 俺は、陽葵のそばにいるべき人間なのだろうか。


 わからない。


 自分のことが、わからない。


 今日だけで何度も何度も不良に絡まれる俺は思った。


 俺は、いったい、なにを、なにがしたいのだろう……。


  *


 放課後になった。


 俺は生徒会室に向かうため、荷物をまとめている。


 すると、陽葵が声をかけてくれた。


「蒼生、生徒会室に行こう」


「ああ……またな、悠人、知世」


「また明日」


「またね」


 俺は陽葵と一緒に生徒会室に向かった。


「蒼生は、今日は生徒会室に呼び出された理由はわかる?」


「……ああ」


「そっか」


「いいのか、俺で?」


「えっ?」


「いや、だって……俺って……その……」


「……大丈夫じゃない? 悪いことしてないんだし」


「陽葵は知っていたのか?」


「うん、お姉ちゃんたちから聞いているよ」


「陽葵は、そんな俺でいいと思うか?」


「うん、ぜんぜん気にしない」


「……そうか」


「それに、琴葉姉さんは蒼生に……なってほしいと思っているはずだしね」


「えっ?」


「まあ、行けばわかるよ」


「……そうだな」


 俺と陽葵は歩き続ける。


 やがて、俺たちは生徒会室の前までたどり着いたのだった。

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