第13話 従姉妹と、ガンガンアピール


  *


 食事を終えたあと、俺は自分の部屋に戻った。


「ふう……」


 ベッドの上に腰かける。


 今日は疲れた……。


 陽葵は、どうしているかな……。


 ――コン、コン、コン……。


 そう思ったとき、俺の部屋の扉からノックする音が聞こえる。


 陽葵は返事を待たずにドアを開ける。


「どうした? 陽葵」


「ちょっと、話したいことがあって……」


 陽葵は遠慮がちに入ってきた。


 話したいことって、いったいなんなんだ?


 陽葵が俺に相談なんて……。


「とりあえず座るか?」


「うん……」


 陽葵は俺の隣にちょこんと座り込んだ。


 いつもより距離が近い。


 そして、どこか元気がない様子だ。


「それで……どうした? なにかあったのか?」


 俺は尋ねる。


「うん……」


 陽葵は小さくうなずいた。


「最近、なんだかね……蒼生が、どこかへ行ってしまう気がして怖いの……」


「怖い……? どうして……?」


「わからない……。でも、すごく不安になる……」


「…………」


 俺は黙って聞く。


「蒼生は……こんな気持ちになったことある……?」


「…………」


 俺は無言のまま陽葵を見据える。


 陽葵は真っ直ぐな瞳で俺を捉えていた。


「蒼生……お願いがあるの」


「なんだよ?」


「わたしから離れないでほしい」


「…………」


 陽葵は両手でぎゅっと俺の手を握ってきた。


「ずっと、そばにいて」


「…………」


「約束して」


「わかった……」


 俺は陽葵の目を見て答える。


「絶対だよ」


「ああ……」


「どこへも行かないで」


「どこにも行かない」


「これから先、どんなことがあったとしても……一緒に乗り越えてほしい」


「大丈夫だ」


「蒼生……」


 陽葵は優しく微笑んだ。


 陽葵の笑顔を見た瞬間、なぜか俺は心地よくなった。


 陽葵と再会して、そんなに時間は経たないけど、陽葵のことを理解できてきているような気がする。


 陽葵は寂しがり屋だ。


 でも、それと同じくらい強い心を持っている。


 だから、陽葵は俺に助けを求めている。


 陽葵の心は不安定だ。


 だから、俺は陽葵を安心させなければいけない。


 陽葵の心の支えとなるために……。


 それが今の俺の使命だと悟った。


「陽葵……」


「んっ?」


 俺は陽葵を引き寄せ抱きしめた。


 陽葵の身体はとても華奢だった。


「ありがとう……。蒼生のおかげで勇気が出たよ……」


「そうか……よかった……」


「蒼生……」


「なに?」


「大好きだよ」


 陽葵は俺をぎゅっと強く抱きしめ返す。


「ああ……俺も大好きだよ……」


 俺たちはそのまま、しばらく抱き合っていて、お互いの存在を確かめ合う。


「……いとことして、な」


「もうっ!」


 陽葵は頬っぺたを膨らませて怒った。


 それから、すぐに、ふたりで笑い合った。


 今はまだ、この関係がいい。


 お互いに恋愛感情はない。


 それでも、いつか陽葵が本当の意味で幸福でいられる日が来ることを俺は願っている。


 だから、それまでは陽葵を守る。


 俺はそう決意を固めた。


  *


 あたしは夜、眠れなかった。


「はぁ~……」


 大きなため息をつく。


 時計を見ると午前二時を指していた。


「蒼生お兄ちゃん……」


 あたしは枕に顔をうずくめる。


 蒼生お兄ちゃんに会いたい。


 だけど、蒼生お兄ちゃんは陽葵お姉ちゃんと一緒にいる。


 そう思うと胸が痛くなる。


 あたしは蒼生お兄ちゃんが好き。


「蒼生お兄ちゃん……」


 また、蒼生お兄ちゃんの名前を呼ぶ。


 蒼生お兄ちゃんの声が聞きたい。


 蒼生お兄ちゃんの顔が見たい。


 蒼生お兄ちゃんに触れたい……。


 そう思えば思うほど、蒼生お兄ちゃんへの想いが強くなっていく。


「蒼生お兄ちゃん……」


 蒼生お兄ちゃんは陽葵お姉ちゃんのことを大切に想っている。


 それは知っているけど、やっぱり嫌なのだ。


 陽葵お姉ちゃんは、ずるい……。


 蒼生お兄ちゃんも、陽葵お姉ちゃんには優しい。


 ほかの女性とは違う接し方をする。


「蒼生お兄ちゃん……」


 あたしはベッドの上でゴロンゴロン転がる。


 どうすれば、蒼生お兄ちゃんを振り向かせることができるのかな?


 どうしたら、もっと好きになってもらえるのかな?


 どうしたら、陽葵お姉ちゃんに勝てるのかな?


 どうやったら、どうやったら、どうやったら、どうやったら――。


「――っ!?」


 そのとき、あたしは閃いた。


「あたしが蒼生お兄ちゃんに甘えればいいんだ!」


  *


 次の日の朝、俺は一応、寝坊することなく目覚めたわけだけど、なんか柔らかいものが当たっていて、すごく後ろめたい気持ちになる。


 明らかに女の子が持つ胸の感触だった。


 その物体の持ち主は……陽葵――ではなく、あの子だ。


「……咲茉っ!」


「うん、おはよー……蒼生お兄ちゃん」


 咲茉は、もう今年で十四歳になる年齢だ。


 体格的に徐々に大人へと変化していく年だというのに……。


 俺は彼女に抱き枕のように抱きしめられていて、身動きすることができない、わけでもないのだが……彼女を突き放すと、それはそれで彼女に優しくない。


 そう……今、俺は咲茉に、ぎゅっと抱きしめられている。


 さすがに羞恥心を抱く年頃だと思うのだが、どうして俺の部屋で一緒に寝ているのだろうか?


「咲茉……どうして、俺の部屋に? なぜ、俺のベッドの上で……?」


 うん? と、彼女は小首をかしげる。


 なぜ、どうして、このことに疑問を抱かない様子なのだろうか……?


 なんの疑問も持っていなさそうな彼女は桃色の唇をゆっくりと開く。


「どうしてって、従兄妹なんだから別にいいよね?」


「いや、従兄妹だからダメなんだって! たとえ兄妹であったとしてもだ!」


「蒼生お兄ちゃんは意識しすぎ、なんじゃないかな?」


「はい?」


「ここは、あたしたちの家だよ? つまり、ここの部屋に入る権利は、この家に住んでいる、あたしたちの自由でしょ?」


「ええ……」


「だから、あたしが、いつの間にか、蒼生お兄ちゃんのベッドで、蒼生お兄ちゃんを抱きしめていたって、なんの問題もないはずだよね?」


「それ、本気で言ってるの?」


「うん、本気で言ってるよ」


 横暴だろ!


 頭が痛くなりそうだ。


 旗山蒼生、十五歳……今年で十六歳になるというのに、こんな状況じゃあ、プライベートがないようなものじゃないか……。


 でも、納得いかないことがある!


「それが、どうして、咲茉が俺を抱き枕のように抱きしめることとつながるんだ!? 説明してくれ!」


 咲茉は少しだけ照れくさそうな反応を見せる。


 なぜ、なぜなんだ……?


「……それは、アオイニウムが欠乏しているからです」


「アオイニウム……? なんだ、その未知の元素は……そんな元素が存在するのか……?」


「今、作りました」


「は?」


「だって、二、三年も会ってなかったんだよ? 蒼生お兄ちゃんが親戚の集まりに来なくなったから、さみしかったんだよ〜!」


「ああ、ああ……うん」


「アオイニウムという架空の元素を作りたくなるよ〜! あたしは数年間、蒼生お兄ちゃんをぎゅっと抱きしめないと落ち着かない体になりました! 責任、取ってください!」


「責任……か」


 そういえば、咲茉は親戚の集まりのときに、よく俺の後ろをつけていたっけ。


 本当に妹のような存在だったな、そういえば。


 咲茉は数年、俺に会わなかったがゆえに、常に俺を求めていたのかもしれない。


 咲茉は、よく俺をぎゅっとハグするのが好きだったな。


 その、抱きしめ足りない欲求不満が今になって来たということなのだろうか……?


「でもさあ、俺たち、少しずつ大人になっていくだろ? いつまでも、そういう関係でいるわけにはいかないだろ」


「そうなのかな。でも、それは嫌。ずっと、ずっと待っていたんだよ?」


「……数年前と今は違うんだ。俺は高校生だぞ。咲茉は今、中学生だ」


「なにが言いたいの?」


「だから、そういう……男女として間違いが起こったら、マズいだろ……」


「蒼生お兄ちゃんは間違いを起こす気なの?」


「いや、そういうわけじゃないけど、とにかく、俺の部屋に無断で入るのはやめてくれ」


「どうして」


「どうしてって、さっきも言っただろ。今のことは一華さんに報告するからな」


「ずるいよぉっ!」


 咲茉が大声を出して、なにかを訴えようとする。


「陽葵お姉ちゃんばっかり、ひいきしちゃってさ! どうして陽葵お姉ちゃんはよくて、あたしはダメなの!? 陽葵お姉ちゃんばかり、ずるいっ!」


「陽葵は今、大変なんだ。俺が支えてやらないといけないんだ」


「そんなの関係ないじゃんっ! 陽葵お姉ちゃんはずるいよっ! あたしは蒼生お兄ちゃんが好きなのに!」


「咲茉……おまえは、まだ子どもだ。それにな、俺にとって、咲茉は従妹なんだよ」


「いとこだからなんて、もう古いよっ!」


「はぁ!?」


「時代は、いとこ同士の恋愛だよっ! 今でも、いとこ同士は結婚できるんだからねっ!」


「おい……」


「だから、あたしは従兄妹だからって遠慮しないよ! 蒼生お兄ちゃんに、これからガンガンアピールしていくからねっ! 覚悟しておいてよ!」


「ええ……」


「じゃあ、また来るから! バイバーイ!」


 咲茉は嵐のように部屋から去っていった。


 俺はベッドの上に座り込む。


「咲茉、マジかよ」


 俺は頭を悩ませた。

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