第28話 闇の真骨頂 ~みっつめ~
「ファビアーっ!!」
悲壮感も嘆きも全くなく、縦横無尽に闊歩する聖女様。
散策で見つけた国王をひっぱたいて正気に返し、今は王妃も連れて歩き回っている。
《何が起きて.....?》
《いや、ここは禍を見つけて、その正体とかに怯えているところだろう? え?》
困惑するのは天上界の精霊達も同様。
彼等は知らない。トリシアが妹大好きな姉馬鹿だということを。
姉妹の仲が良いのは知っている。だが、親馬鹿や姉馬鹿のような溺愛家族の意味や真髄を知らないのだ。
古今東西、愛に勝る力なし。
友愛、親愛、恋愛、憎愛などなど。中には妄執に囚われた激愛や目が眩むような敬愛もあるだろう。種類は違えど、感情の生き物である人間は多くの愛で世界の歴史を動かしてきた。
そして聖女の力を得たトリシアは、親愛を盛大に倍増させる。そりゃあもう、他が取りつく島もないくらいに。
「ファ・ビ・アーーーーっ!!」
彼女の雄叫びを耳にした者や、歩く姿を眼にした者達まで、みるみる正気へと返っていった。
夢現の前後不覚状態から醒め、唖然とした顔でお互いの顔を見交わす者達。
「.....え? いったい何が?」
「ここは.....? 私、何をして?」
そしてしだいに威力を増していく彼女の光の魔力。それが王宮を包み込み、彷徨う人々の瞳に正気を甦らせる。
《こんな.....っ、馬鹿なっ!!》
絶叫する精霊王。
憎悪にまみれ、気の違った民らの手によって襤褸雑巾のように引き裂かれるはずの生け贄。闇に染まった者を奈落に陥れるための起爆剤。
それだけの理由で存在するはずの聖女が、逆に爆発したかのように歩き回っている。
これはどうしたことなのか。無力にうちひしがれて泣いているだけが役割の餌が自由意思で.....
唖然とトリシアを見下ろす精霊王。自問自答する彼は答えを知っている。
頭に描かないようにしているだけで、彼は答えを知っていた。
残忍で狡猾な精霊達。
彼等は大地を統べるために生まれた。そのように生を受けた。しかし、それを生み出した者が別にいる。
.....神々だ。
神は生み出し見守るだけ。その世界がどう成長していくか、ただ眺めるだけ。
呼び水としてあらゆる配剤をし、あとは大地に生きる者らに委ねる。
その委ねた者の一角が精霊達だ。彼等は世界に蔓延り、大地に深く根ざし、人の暮らしに交わった。
しかしその彼等とて理由もなく人を断罪は出来ない。何かをやらかすには天秤に釣り合う餌が必要である。
それが聖女と魔女だった。
人間を讃え、傲らせ、選ばれた者と錯覚させて生まれる聖女。
人間を唆し、騙し、虐げられていると誤解させて生まれる魔女。
この二つの天秤が釣り合った時、精霊達の残酷な遊戯が始まる。
だが今、その天秤は釣り合っていなかった。力の均衡は大きくトリシアに傾ぎ、悪意に染まったファビアの魔力を凌いでいる。
《このままでは不味い。アレを呼べ》
忌々しげに奥歯を噛み締める精霊王に頷き、精霊らが闇の精霊を連れてきた。
闇の精霊もまた、過去に例を見ない事態に戦いている。
《そなたを生かしてやっている恩に報いよ。あの想定外な聖女を何とかするのだ》
自身が選んだくせに居丈高に宣う精霊王を唖然と見上げ、一人だけ生かされてきた闇の精霊は固唾を呑む。
己の権力を絶対だと過信していた光の精霊は、対抗勢力である闇の精霊達を虐げ続けてきた。自ら精霊王を名乗り、生まれてくる闇の精霊らを抹殺するが、闇と光は表裏一体。どちらが欠けても両方が存続不可能。
ゆえに一人だけ。常に一人だけ闇の精霊を生かしてきた精霊王は、それを恩着せがましく口にして青黒い何かを追い詰める。
自分のために生かしてきたに過ぎないくせに、あたかも慈悲を与えてやったような口調で。
《.....とっととアレを餌にくれてやれ。全く、これだから人間という生き物は.....》
ギリギリ歯噛みする精霊王。
そんな彼等が狼狽えている頃、トリシアの両親らも男爵夫人と策を講じていた。
「祖先の手記の通りなら、闇に取り込まれた民が押し寄せ、王都を壊滅させるはずです。そのさいに被害を受けないのは、禍たる者の血族と神殿のみ。なので、ここを拠点にして動きたく存じますの」
聞く人が聞けば誇大妄想とも取れる説明。しかし、その闇の片鱗を知るカシウス達や、我が子を心から案じるカルトゥール伯爵夫妻は、その言葉を信じる。
「具体的に、どうしたら?」
困惑げに眉を寄せ、トリシアの父親は男爵夫人を見つめた。
「神殿に協力を求めます。幸いなことに、例の手記の解読は神殿の協力も仰いでいるので話は早いはず。闇を退け、人々を守ることにかけては、彼等の右に出る者らはおりません」
「左様ですな。我等も微力ながら力添えいたしましょう。少なくない人脈もあります。それとなく文をしたため、早急に回します」
騎士団と神官達が手を取り合えば、闇を払いつつ抗うことが可能だろう。そして夫たる氷の騎士様も、それに気づき同調して動いてくれるはずと夫人の不敵な笑み。
なんの根拠もないのに、夫がそのようにしてくれると疑わない男爵夫人。それに力強く頷く伯爵夫妻。
.....これが夫妻というものか。
自分達には分からない何かが、彼等の中には横たわっているのだろう。
多くの経験を共にして培われてきた揺るがぬ信頼関係。魑魅魍魎の蠢く社交界に棲息する貴族家だ。綺麗事ばかりではない。そういった清濁を併せ呑み、彼等は長い時間を紡いできたのである。
貴族という生き物の真価を目の当たりにし、貴族見習いな少年らは実践で学んでいた。
こうして精霊王らの掌を飛び出した人間達から離反の狼煙が上がる。
規格外な禍。破天荒な聖女。誰も知らぬはずな歴史の裏を知る男爵夫人。
神々の配剤が一気に芽吹き、ここに終結した。
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