第4話 金と銀の姉妹 ~よっつめ~


「御姉様ばっかり、ズルいですわあぁぁぁっっ」


 キーンっと鼓膜を劈く幼女の高音。


 うん、今のは効いた。


 背中から被さるように耳元で叫ばれ、思わずトリシアは蹲って耳を押さえた。

 鼓膜がジンジンしている。幼女の甲高い声は破壊力抜群よね。色んな意味で。


「ファビア、はしたなくてよ。ズルいと言われても家の決定なんだから、どうにもならないでしょ」


「家同士のためなら、わたくしでも良いではないですかっ、何故御姉様なんですかっ?!」


「刺繍ですって」


「刺繍?」


「わたくしの刺繍が気に入ったのだとカシウス様は仰っておられたわ」


 肩を竦める姉に、ファビアは目の前が真っ赤になった。


 刺繍、刺繍、刺繍っっ!!


 何でもかんでも、刺繍が邪魔をするっ!! 刺繍なんて、何の役に立つのよっ!!


 だが事実、それが無いばかりにファビアは初恋を失った。


「御姉様は何でも持っているじゃないっ!!! 賢い頭も、綺麗な顔も、優美に楽を奏でる指もっ!!」


「だから?」


「だから....っ!!」


 そこまで口にしてファビアは我に返った。


 だから? 何だというのだ?


 だからカシウス様を譲れ? カシウス様は、刺繍の上手な御姉様を選んだのに? わたくしはカシウス様に望まれてもいないのに?


 自分の思考が情けない。支離滅裂である。


 だから? そのとおりだ。御姉様からしたら、だから? としか言えないだろう。


「うーーーっ」


 ファビアは唇を噛み締めた。ポロポロと涙をこぼし、ドレスを掴む。


「皺になるわ」


 固く握り締めたファビアの指を優しく外しながら、トリシアは妹の想いを理解した。


 カシウス様に情を寄せていたのね。

 しかし、わたくし達は貴族だ。家格があり、政略結婚が当たり前。家へ貢献せぬ令嬢など、ただの穀潰しである。


「わたくしが何でも持っている? なんの努力もなく手にしたと思っていて?」


 涙に眼を潤ませ、ファビアは顔を上げた。


「わたくしがどれだけ勉強していたと思っているの? 一日の大半は勉強しているのよ? それに見合う実力があって当たり前でしょう? 軽く、何でも持ってるなんて言わないでちょうだい。不愉快だわ」


 トリシアが不機嫌そうに呟くと、ファビアは嗚咽を上げる。えぐえぐと喉をならし、涙を拭った。


「貴女のだってそうでしょう? どれだけダンスの練習をしているの? 練習を怠らないから、貴女のダンスは素晴らしいのよ」


 正直、譲れるものなら譲ってやりたい。だが我が家は侯爵家の不興を買う訳にいかないのだ。

 わたくしの刺繍に一目惚れしたとカシウス様は仰っていた。ならば妹を代わりにとはいくまい。


「人生はままならないモノなのよ、ファビア」


 自分だって許されるのならば、毎日本を読み耽り、詩を嗜み楽を奏で、日がな一日中刺繍を刺していたい。正直、結婚などピンとこないし、殿方との社交も煩わしい。


 そんな益体もないことを考えて、思わず遠い眼をするトリシアに、ファビアもコクコクと頷いた。


 .....これが十歳前後の姉妹の会話か?


 ファビアの叫びを聞きつけ、飛んできた両親や侍女らは、扉の影から一部始終見守っていたが.....

 規格外なのは姉だけではなかった。いたらないと思っていた妹も、十分飛び抜けていた。

 トリシアが化け物級だったため、埋没していただけで、今の会話を理解している妹の様子をみれば、並みの十歳児ではないのが一目瞭然だ。


 冷や汗を流して顔を見合わせる両親達だが、それが事実である事を、後日トリシアも実感する。


 侍女のナタリー発案で催された伯爵夫人の御茶会。


 似たような年齢の御令嬢を招いて行われたそれは、あり得ないほど悲惨なモノだったのだ。


「それは、あたくしのよっ」


「やだあっ、はなしてーっ」


「おちゃこぼしちゃった」


「きゃーっ、あたしのドレスがーっ、おかあさまーっ」


 カトラリーをガチャガチャさせ、刺繍の入ったハンカチを取り合い、カップを倒すわ、お菓子を落とすわ。


 うん。ごめん。わたくし、御茶会を甘く見てた。


「ファビア」


「はい」


 二人して遠い眼で空を仰ぐ。


「貴女って、素晴らしい妹だったのね」


「ありがとうございます、御姉様」


 お猿がドレスを着ているような御令嬢達。七歳から十歳なんて、こんなもんである。

 しかも生粋の貴族令嬢達である。蝶よ花よと甘やかされていて、下手な平民よりもかなり行動が幼い。


「毎回こんな感じなの? 非公式な御茶会って」


「殿方もおられるので、これよりマシですわ。皆さん、もう少し淑やかを心がけておられます」


「そう....」


 母親らの隣のテーブルに避難し、伯爵姉妹はゆったりとお茶を飲む。

 微かな音もなく、滑るような所作で二人は生菓子をいただいた。


「あら、美味しい」


「こちらも美味しいです、御姉様」


「ふふ、自宅だから気楽に食べられるわね」


「そうですね。殿方がいたら出来ませんわ」


 コロコロ笑う二人。


 怒って、怒鳴って、拗ねて、嫉んで。


 それでも気づけば、寄り添い笑い合う。


 姉妹なんて、そんなモノだ。


 微笑む二人に邪気はなく、それを見守る母親らが驚嘆の眼差しで彼女らを見つめているのを二人は知らない。


 他の子供らと一線をかくす伯爵姉妹は、まことしやかな社交界の噂となる。


 嘘か本当か分からないが、伯爵家の至宝は金と銀の姉妹だと。

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