第35話 祖父、乳首を吸う

 俺は馬乗りになっておじいちゃんに殴られていた。

 クリリンがエッチとか言われても、どうエッチなのか俺にはわかんねぇーし、クリリンの仇のために殴られ続けていたら、いくら温厚な俺でもキレる。


「痛てぇーよ」

 と俺は叫びながら、手からファイアを出す。


 おじぃちゃんは俺から逃げるように飛んだ。クルクルクルと宙を回転しながら祖父が飛んでいく。

 その勢は止まることなく壁にぶつかり、頭から地面に落ちた。


「なかなかやりよるな。何の攻撃をじゃ? 頭がクラクラする。これはアレか? えっーーーと、頭上にヒヨコが飛んで頭が混乱するや〜つか?」


「そんなパニックになるや〜つなんて俺は出してねぇーよ。俺のことを思い出してくれよ。おじぃちゃん」


「どちらさんですか?」


 すげぇー悲しい。


「孫の英雄だよ」


「まごのさんですか? 知りませんな」とおじぃちゃんが呟く。

「もしかして探索者ですか? あっ、ワシ、ラスボスだったんじゃ。お前に世界の半分をくれてやろう」 


「もういい、もういい」

 と俺が言う。

「それさっきもやったじゃん」

 ちなみにおじいちゃんはラスボスからは引退している。今は父親がラスボスである。


「もうそろそろご飯の時間じゃ。これにて失礼させてもらう」

 ドロン、とおじいちゃんが忍者のように消えた。

 瞬間移動を使ったんだろう。


 3人を乗せたケロベロスが俺のところに戻って来る。

 ケロベロスが俺の頬をベロベロと舐めた。

「心配しなくて大丈夫だ」

 と俺が言う。


「失礼なことを言うけど」と佐伯さんが言った。「魔王君のおじぃちゃんって耄碌もうろくがすごいね」


「本当に失礼なことを言うな」と俺が言う。


「人間って齢をとれば、みんなあんな感じになるんですわ」

 と姫子が言う。


「これはクリリンの分」

 と佐伯さんが言って、隣のケロベロスの首に座っている姫子の頬を殴るフリをした。


「失礼ですわよ」

 と姫子が言う。


「俺のおじいちゃんはボケてるんだよ。元世界最強だから、余計に厄介なんだ」

 と俺は言った。


「それじゃあ牛乳をとって帰ろう」

 と俺が言う。


「この扉の向こうが牧場になっていますの?」

 と姫子が尋ねた。


「そうだ」

 と俺は答えて、牧場の扉を開けた。



 牧場は魔力が溜まっている場所である。

 魔力が溜まった空間は異空間を作り出す。

 扉を開けると牧場があった。

 大きな広い牧草。架空の青空が広がり、何十頭ものベヒモスが放し飼いだった。

 昔から言い伝えられている伝承でベヒモスに剣を突き刺せるのは神のみである、と言われている。だから皮膚は丈夫である。河馬かばと象と牛が混ぜったような見た目である。


「もしかして、……ベヒモスかしら?」

 と姫子が尋ねた。


「ベヒモス?」

 と佐伯さんが首を傾げる。


「そうだ」と俺が言う。


「……ベヒモスって神話級の魔物ですわよね」

 と姫子が愕然とした。


 風子は牧場をカメラに映している。


 俺はある事に気付いてしまった。

 ベヒモスのおっぱいにぶら下がって乳首を吸っているおじぃちゃんがいた。

 お腹が空いた祖父は牧場まで瞬間移動して、牛乳を直接摂取していたのだ。


「風子」

 と俺は言った。


 彼女が俺を見る。


 撮るな、と俺は口パクで呟いて、祖父のヘビモスの乳首チュパチュパしているところをチラッと見た。

 それに彼女は気付いて、別の場所にカメラを向けた。


 祖父が乳首を吸っているヘビモスが、吸われすぎて「もぉ〜」と悲鳴をあげながら走って来た。

 そしてカメラのレンズに、耄碌もうろくしたおじいちゃんが映ってしまった。

 恥ずかしい。

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