第22話 板前詐欺
宿屋のロビーにて。
姫子達とは宿屋のロビーで待ち合わせしていた。
昨日、襲って来た姫子は何も無かったようにケロリとしている。もしかしてアレは夢だったんじゃないだろうか? と思えるほどだった。
「バズらなきゃ死ぬでお馴染み佐伯さんだよ」
と彼女が言った。
俺は佐伯さんのスマホで生配信を撮影している。
風子もカメラを持って撮影していた。投稿用らしい。
「頑張ってダンジョン探索。キラキラ姫子☆」
オープニングから2人が色々と喋っていた。俺は上の空で楽しそうに笑う佐伯さんを呆然と見つめていた。
「ダンジョンに探索に行く前に宿屋で魔物の買取りをしてるらしいんだよ」
ではでは行ってみるぜよ、と佐伯さんが言って歩いて行く。
いつも魔物を買い取ってくれる板前さんには、配信前に声をかけていた。
キッチンに向かう。そして馴染みの板前さんのところへ。
「裏手に回ってくれ」と板前さんに言われて扉を開けて建物から出る。
すぐに板前さんもやって来る。
「いや〜動画の撮影とか照れるな」と板前さんが言った。
彼は板前らしい白い調理衣を来て、角刈りである。年齢は60前後。
「坊ちゃん。今日はどんな魔物を持ってきたんで?」
「持つよ」と佐伯さんが言って、俺が持っていた生配信中のスマホを持った。
「魔王様が坊ちゃんですって」
とクスクスと姫子が笑っている。
バカにしているような笑いじゃなくて、可愛らしいですわね、みたいな笑いである。
俺はリュックから地龍とサラマンダーを取り出した。
「地龍とサラマンダーですか」と板前さんが言う。
「お値段のほどはいくらでしょうか?」
佐伯さんが言って、板前さんにスマホのカメラを向けた。
「300円」
「なに言ってんねん、このジジィは」
と佐伯さん。
「板前さんにジジィって言うな」と俺が言う。
「失礼な嬢ちゃんだな」と板前さん。
「もちろん冗談ですわね?」と姫子。
板前さんがポケットから300円を取り出した。
俺は手を差し出す。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って。ちょっと待って。お兄さん。本当に300円の買取りな訳?」と佐伯さん。
「板前さん、いつもありがとう。いつも魔物を買い取ってくるから妹にお土産を買えたよ」
と俺は言った。
「それは坊ちゃん、良かったですな」
「ありがとうちゃうねん」と佐伯さんが俺の頭を叩く。エセ関西弁が出ている。なぜかはわからないけど佐伯さんは怒っている。
「地龍の魔石だけでナンボすると思ってんねん。30万以上はするんちゃうんけ」
「それに皮や牙の素材だって、すごい金額になりますわ」と姫子が言う。
「嬢ちゃん達、どこの回しもんで」
と板前さんが狼狽している。
「どこの回しもんでもないわアホンダラー。魔王君が世間知らずやからって騙してんちゃうぞ」と佐伯さんが言う。
「騙してなんかいねぇ。テイヤンデー。今日はマンデー。そんな事を言うだったら買取ってあげねぇ」と板前さんが狼狽しながら言った。
「佐伯さん」と俺は言う。「別に300円でいいんだ」
「魔王君」と佐伯さん。
「いいわけあるかアホンダラー」
俺は佐伯さんに頭を叩かれる。
「おいジジィ今までの魔石はどうしてん?」と佐伯さんが尋ねた。
ゴニョゴニョ、と板前さんが言う。
「えー? なんて言ってまんの? よう聞こえへんわ」と佐伯さんが怒鳴る。
「休みの日に地上に上がって売ってました」
「どえらい詐欺師やの? ようけ儲かったんか?」と佐伯さん。
「佐伯さん。本当に俺は別にいいんだ。食料を提供するのは無料でもいいぐらいなんだ」
「坊ちゃんも、そうおしゃっておりますし。お寿司」と板前さん。
「アホンダラー」と佐伯さんは俺の頭を叩く。「百歩譲って食料を無料で提供するのはええわい。このジジィは魔石を騙し取ってるやんけ。高級宿屋のくせに、従業員の教育もできてへんのか?」
俺は納得した。
たしかにそうである。
食料を提供するのはいい。
でも魔石を板前さんが独り占めしていいものではない。
そんな事をしていたら誰も魔物を売りに来ない。
……だから誰も売りに来なかったんだ。
「どれぐらい魔石で稼いたんや?」と佐伯さん。
「坊ちゃんがイイって言ってるじゃないか。ジャマイカ」と板前さん。
「俺も知りたい」
「そ、そんな。そ、そ、そ、そんな」
と板前さんがキョドる。
「言わんかい」と佐伯さん。
ゴニョゴニョ、と板前さんが言う。
「全然、聞こえまへんで。なんて言ってまんの?」と佐伯さん。
「1000万ぐらいかな」
「1000万ぐらい? ホンマか? 嘘ついてたら殺すぞ」
「年間1000万ぐらいです」
「年間。ビックリ、ビックリ、ビックリ。よう儲けたなクソジジィ」
「許してください」
と板前さん。
「人に許してほしい時は頭を下げるんちゃうんけ?」と佐伯さん。
板前さんが頭を下げた。
「わかった。許すよ」と俺が言う。
「アホンダラー」と佐伯さんが言って俺の頭を叩く。「簡単に許すんちゃうぞ」
「でも板前さんは、謝ってるぞ」
「腰が高い。クソジジィは何年間、魔王君を騙してたんや?」
板前さんが土下座する。
「そんな土下座しなくても」と俺が言う。
「土下座させてくだせぇ〜。私に出来るのは土下座だけですで」
と板前さん。
「おい、クソジジィ。地龍とサラマンダーの魔石を取らんかい」と佐伯さん。
「はい。喜んで」と板前さんが立ち上がり、キッチンから特殊な材料で作られた包丁を持って来る。
そして地龍の胸を開き、心臓を取り出す。
取り出した瞬間に硬くなり始めて魔石になる。
板前さんはタオルで大きな魔石の血を拭き取った。
「どうぞ」と板前さんが佐伯さんに魔石を渡す。
「サラマンダーも」と佐伯さん。
「かしこ」と板前さん。
まりました、まで言えよと俺は思うと同時に、佐伯さんにそこまでペコペコしなくてもいいのに、とも思った。
「魔王君、これは私の魔石だからね」と佐伯さん。
「あぁ」と俺は頷く。
「持っといて」と佐伯さんは言って、魔石を差し出した。
俺はリュックに魔石をしまった。
サラマンダーの魔石も板前さんから受け取った。
「あの」と姫子が言った。
「私は地龍の牙と爪が欲しいです」
「り」と板前さんが言って、素早く爪と牙を剥がしていた。
ょうかい、まで言えよ、と俺は思う。
そして地龍の爪と牙は姫子の元へ。
「魔王様、私の物もお願いしますわ」
俺は爪と牙もリュックにしまった。
「これからは魔石と素材は切り分けて、食材の部位だけ買い取れ」と佐伯さんが言った。
「かしこ」と板前さん。
まりました、まで言えよ。
「魔王君、スマホ持って」と佐伯さんが言って、現在配信中のスマホを俺に差し出す。
「あっ、ごめん」と俺は言ってカメラを受け取った。
「これで一件落着。べべん」
と佐伯さんが言って、歌舞伎ポーズ。
宿屋から出る。
10階層は東京ドーム30個分ぐらいのワンフロアーになっている。
強い結界が張られていて魔物も出てこない。
俺達は11階層に続く階段に向かった。
「君達」と誰かが俺達のことを呼び止めた。
声がした方に配信中のスマホのカメラを向けた。
そこにいたのは入り口に出会った3人組だった。女1人に男2人。3人とも防具はバッチリである。それに大きなバックパックを背負っていた。
「こんなところに学生が来るモノじゃない」
と大剣を背負った男が言う。
「
「紅?」と佐伯さん。「えっ、この3人が最強のパーティと言われている紅なの?」
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