第21話 襲われる

 佐伯さんが隣の布団で眠っている。

 俺は耳をすませた。

 彼女の鼻水を啜る音。ツバを飲み込む音。息を吐く音。

 なんで佐伯さんが泣いているだけなのに俺も悲しいんだろうか?

 なんで1人の女の子から拒絶されただけなのに胸が痛いんだろうか?

 初めての感情だった。


 お兄ちゃんの代わりに俺がずっとそばにいてあげたい、と伝えたい。

 でも俺は彼女への信頼を無くしている。


 気づいたら佐伯さんのことばかり考えながら俺は眠っていた。


 耳がクスぐったくて起きた。

 チュパ、チュパ、と耳から音がする。

 柔らかい何かが俺の耳の穴の中に入って来ている。

 誰かが俺の上に乗っている。


 佐伯さん?


 佐伯さんがゼロ距離にいる。それだけで嬉しい。

 だけど、なぜか知らないけど俺の耳を舐めている。

 俺は上に乗った誰かの頭を撫でた。佐伯さんだと思って優しく撫でた。


 チュパチュパチュパ。


 佐伯さんの布団を見る。

 彼女はそこに眠っていた。


 へっ?


 それじゃあ誰が俺の上に乗って耳を舐めているんだよ?


 感じたこともない恐怖。

 チュパチュパチュパ。


「誰?」

 と俺は尋ねた。


「私です」

 と耳元で姫子の声が聞こえた。


「……」


「魔王様を舐めて差し上げますわ」


「帰れ」


「そんなことをおっしゃいますの? 叫んで佐伯様を起こしますよ」

 と姫子が言った。 


 佐伯さんの信頼をこれ以上は失いたくなかった。


「帰ってほしい」と俺は呟いた。

 

 姫子の甘い吐息が俺の耳をくすぐる。


 隣で眠る佐伯さんが寝返りをした。

 物音を立てたら佐伯さんが起きるんじゃないか?


 俺は石像のように固まった。


 姫子の舌が俺の首を這う。


 助けて、と俺は思った。

 声も出すことが出来ず、動くことすらもできない。


 チュパチュパ、とナメクジが這うような音だけが聞こえる。


 姫子が浴衣の中に手を突っ込んで来た。彼女が俺の体を弄っている。


 クスグッたくても声に出すことはできない。


 ガサガサと隣で音が聞こえた。

 佐伯さんが立ち上がっていた。


 ヤバい、と俺は思った。

 佐伯さんに現状がバレてはいけなかった。信頼が無い俺が状況を説明しても信じてもらえないだろう。


 佐伯さんはトイレに向かった。

 トイレの扉が閉まる音が聞こえた。


「出て行け」と俺が言う。

 その言葉と同時に、俺は姫子を抱えて立ち上がり、素早い速度で彼女を部屋の外に出した。


「まだ舐めたりませんわ」

 と姫子は言っていた。


 俺は部屋に入り、鍵をかけた。

 あれ? 鍵閉めてなかったけ?


 もしかしたら姫子には鍵を開ける能力があるのかもしれない。

 俺は姫子が入って来ないように結界を張った。


 そして、すぐに布団に戻った。


 あまり俺は魔法が得意ではない。

 寝てしまえばい結界も溶けてしまう。

 朝まで起きていることに決めた。


 


 朝。

「今日は俺が配信用のスマホを持つから」と俺が言った。

 眠たくてアクビを噛み殺した。

「胸にスマホを設置したら顔が撮りづれぇーから手持ちで持つよ」


「なんか張り切っているね」

 と佐伯さん。

 いつもより彼女のテンションは若干だけど低めだった。朝だからだろうか?


「手持ちなら、この機材を使いなよ。これ使えば手ぶれしないよ」と彼女が言って、スマホを手持ちで撮影するための機材をリュックから取り出す。

 そして彼女が機材にスマホを取り付けた。


「甘い物いる?」

 と俺は尋ねた。


 妹に渡すお土産である。

 佐伯さんならあげてもいいと思えた。


「いらない」と彼女が言った。


「ポッキーだよ? チョコレートだよ?」

 

「いらないよ」と佐伯さんは言って溜息をついた。

「なんで魔王君は甘い物を持ってるのに食べなかったの?」


「妹にあげるためだけど」


「それじゃあ、それ食べたダメじゃん。妹ちゃんにあげなくちゃ」


「それは……佐伯さんにあげたい」と俺が言う。


「……昨日私が言ったことは忘れていいから」と彼女が言った。

「だから私に気を使わないで」







 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る