第20話 誰かダンジョンで死んだの?
「宿屋♪ 宿屋♪ 宿屋♪」
佐伯さんはスキップしている。
「ご予約ありますの?」
と姫子が尋ねた。
「いや。していない」と俺が答えた。
「急に行っても無理ですよ。もしよければ私達が予約していますのでご一緒しませんか?」
と姫子が言う。
宿屋に行くために彼女達は10階層を目指していたんだろう。
「それは悪いから大丈夫」と俺は言った。
宿屋に到着。
湯婆婆が経営してそうな宿屋。ダンジョン産で作られた建築物。ダンジョンの中に建てられた異様な建物。
扉を開けるとやすらぎの空間が広がっていた。
「若旦那様、おかえりなさいませ」
と1人の中居さんが言った。
「ただいま」
と俺が言う。
「若旦那様?」と姫子が首を傾げる。
「魔王君はラストダンジョンの御曹司だって言ってるじゃん」と佐伯さん。
「お連れの方ですか?」
「この2人は予約があるみたいです。俺と彼女の部屋を用意できますか?」
彼女、と中居さんが呟いて、ニコニコした表情で佐伯さんを見た。
「部屋の空き状況を確認しますので少々お待ちください」
中居さんが去って行く。
「バカ旦那様、そんな言い方したら私達が付き合ってるみたいじゃん」
と佐伯さん。
「ライトに悪口を入れて来たな」と俺が言う。
「お二人は付き合ってませんよね?」と姫子が尋ねた。
「まだ付き合ってねぇーよ」と俺は言った。
「バカハゲ様、まだって言ったら今後付き合うみたいじゃん。やめてよ」
と佐伯さんが言う。
「悪口がハードになってるな。ハゲてねぇーし」と俺が言う。
中居さんが戻って来る。
「一部屋だけなら用意できますよ」
「それじゃあお願いします」
と俺が言う。
5階層の宿屋も佐伯さんと一緒だったのだ。
「ちょっと待ってくださいまし」
と姫子が言った。
「お二人は一緒の部屋で泊まるのですか?」
「そうだよ」と俺が言った。
「私も、その部屋で泊まります」と姫子が言う。
「えっ? でも予約してるんじゃねぇーの?」
「お姉様と同じ部屋を佐伯様がお使いくださいまし」
「風子ちゃんと同じ部屋なら間違いが起きちゃうかもね」と佐伯さんが言った。
「嫌よ」と風子が言った。「絶対に嫌」
「魔王君と佐伯さんはパーティでダンジョンに入って来てるんだから一緒の部屋でいいじゃない」
部屋に行くまでに、なぜか30分ぐらいもめて、やっぱり俺と佐伯さんが同じ部屋になった。
2人の中居さんが、それぞれ部屋を案内してくれるらしい。
「せめて部屋だけでも見せてくださいまし」
と姫子がわがままを言って部屋まで付いて来た。
部屋を確認してから、すぐに彼女達は別の中居さんに連れられて自分達の部屋へ行った。
俺達は部屋に付いている露天風呂に一緒に入り、生配信で質問コーナーをした。
そして魔物料理を食べて、中居さんが布団をひきに来た。
隣同士に布団。
俺達は黙って布団を離す。
俺だけが布団に入り、彼女は動画の編集をした。今日は素材が少ないから、そんなに時間がかからないと佐伯さんは言っていた。
いつも俺は9時には寝ていた。
だから夜になれば俺は自然と眠たくなって目を閉じる。
夜中に目覚めてしまった。
電気は消えていた。
佐伯さんは窓を開けて外を見ていた。
窓の向こう側は、光石のおかげで満天の夜空が広がっているように見えた。
外から照らされた光のおかげで、佐伯さんの華奢な体が震えていることに気づいた。
俺は立ち上がり、彼女に近づく。
「佐伯さん」と呼びかけた。
彼女が振り返った。
佐伯さんの顔が涙でぐしょぐしょに濡れていた。
俺は息を止めてしまうほど、驚いた。
佐伯さんが泣いている。
ズズズ、と彼女は鼻水を啜り、涙を浴衣の袖で拭った。
そして佐伯さんは窓の外を見た。
「……なんで泣いてるの?」と恐る恐る俺は尋ねた。
彼女の泣いてる理由が知りたかった。
「……」
宝箱に入っていたペンダントの事を思い出す。
「誰かダンジョンで死んだの?」と俺は尋ねた。
「お兄ちゃん」と佐伯さんは言った。
「……変なこと聞いてすまない」
「別にいいよ」と佐伯さんが言った。
「お兄ちゃんは案内人だったんだ。この宿屋までお金持ちの人を連れて来る仕事をしていたんだよ」
佐伯さんの声は震えていた。
「お母さんはアル中で、お父さんは自分の会社が倒産してから働こうとしない。お兄ちゃんが私達を養ってくれてたんだ」
俺は佐伯さんの背中を見つめた。
すごく細くて脆いように見えた。
「どこかのお金持ちが殺戮建築に入りたいって言い出して、お兄ちゃんの案内人パーティはお金持ちを連れて殺戮建築に入ったんだ。……でもお兄ちゃんだけが出て来なかったんだよ」
ズズズ、と佐伯さんは鼻水を啜った。
死んだ人は生き返らない。
そのことを俺は知っている。
「私の人生、嫌なことばっかりだ」
と佐伯さんが言った。
いつも明るい佐伯さん。
だけど恵まれた人生を送っているわけではないことを俺は知る。
友達が泣いている時、どうするべきなんだろうか?
俺は知らない。
ただ華奢で脆い彼女を抱きしめたいと思った。
俺は彼女に手を伸ばす。
佐伯さんの肩に触れた。
「私に触らないで」
と佐伯さんは言って、俺の手から避けるように屈み込んだ。
「姫子ちゃんと舐め合ってたことぐらい知ってるんだから。……ちょっと魔王君のこと好きだったよ。最悪」
と佐伯さんが言った。
震えて丸まっている佐伯さんを見下ろした。
……最悪。すごいショックな言葉だった。
佐伯さんに拒絶されて、胸が痛かった。
俺は彼女のために何もできない。
「ごめん。寝るね」
と佐伯さんは四つん這いになって、俺から逃げるように布団に入った。
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