第18話 宝箱

「何をしてるの? お二人さん」

 と佐伯さんは、いつもの明るい声で言った。


「これは違いますの」

 と姫子が困惑しながら言う。

 そして彼女は、俺の上から退いた。


 風子が下ろしていたカメラを俺達に向ける。眉間に皺を寄せて渋い顔をしていた。


「目が痛いって魔王様が言いましたので、まつ毛が入ってないか確認してあげましたの」

 と姫子が言う。


 眼球を舐められていたけど、そのことは俺の口からは言えなかった。なんかヤバいぐらいエッチな行為に思えた。


 そうでしょう?

 と言うように姫子が俺を見る。


「あぁ、そうだ」と俺が言う。


「怪しい。怪しさMAXでござぁーますね」

 と佐伯さん。

「私、名探偵佐伯でござぁーます」


 なんとかしなさい、と風子が口パクをした。


 なんとかしなさい、って何をどうしろって言うんだ?


「ちょっと待って探偵様。私が犯人って言う証拠はどこにありますの?」

 と姫子が言い出す。


 この茶番に乗れってことか?


 チラリと佐伯さんは壁に書かれた文字を見た。


 壁には『全身を舐め合ってくださぁい』と書いている。ひらがなの文字は鏡文字になっている。


 佐伯さんは、その文字に触れなかったし、カメラも向けなかった。


 目玉を舐められていたことは彼女にバレていないのだろうか?

 ココからは4人で視聴者を騙すノリ?


「アンタが犯人だって証拠はあがってるんだ」と佐伯さんが言った。


 俺はカメラに映らないように離れた。

 できるかどうかはわからなかったけど、炎の魔法で壁に書かれた文字を焦がした。


 文字が黒く焦げて見えなくなる。


 焦がすことができるということは炎の魔法で壁に文字を書くこともできるということである。


「この部屋は密室だった。魔王君を殺せるのはアンタしかいないんだ」と佐伯さんが言った。


 俺、殺されているらしい。


 俺は壁に殺し合いをしてください、と炎の魔法を使って書き込んだ。壁を焼いているのに焼肉の匂いがした。

 殺戮建築の腹の中なのだ。壁ではなく、肉を焼いているのだ。


 俺はカメラに映らないように、元の場所に戻って死んだフリをする。


 佐伯さんは壁の文字を読む。

「殺し合いをしてくださいって書いているじゃん。確実にアンタが殺しているじゃん」


 佐伯さんは俺の顔面を踏みつけた。

 

 冗談でやっているんだろうと彼女の顔を見たら悲しそうな顔をしていた。


 俺は佐伯さんを悲しませてしまったんだろうか?


「殺してしまったんなら仕方がないわね。先に行きましょう。こんなゴミを置いて」と佐伯さんが言って、カメラのレンズを俺に向けた。


 3人が先に進む。閉まった扉を開けようとする。ガチャガチャと音がした。


「生きてるわ」と俺は叫んだ。

 叫びながら、こんなつまらん茶番とは付き合いきれん、と思った。


 目玉を舐められてたからって、俺が悪いことをしていたわけではないのだ。

 わざわざ自分から目玉を舐められてしまいましたすーません、と弁明する訳ではない。

 別に何をしていたかバレてもいいのだ。


 ちょっと女の子にビビって弱腰になってしまったのが恥ずかしいけど、それ以外の感情は無い。


「先に行くぞ」と俺は言って、壁を殴って壊した。


「早くしないと壁が元通りに戻るぞ」と俺が言う。


 なんかちょっとギコちなく、3人が付いて来る。


 次の部屋にあったのは宝箱だった。


「ミミック」と佐伯さんが言う。


「安心しろ。ただの宝箱だよ」

 と俺が言う。


「初めて見た」と佐伯さん。


「人が死んだらアイテムだけが宝箱に入るんだ」と俺が言う。

 

「魔物のお腹の中でも同じなんですわね」と姫子。


「そうだ」と俺が言う。


「ココで誰かが死んだってこと?」

 と佐伯さんが尋ねた。


「そうだ」と俺が言う。


 ダンジョン産のアイテムが宝箱に入ってることもある。だけどそれは、もっと深層である。


 俺は宝箱を開けた。

 中には防具と剣とペンダントが入っていた。1人分である。


「ちょうど良かったですわ。お姉様の防具が壊れていましたの」


「この防具は使っちゃダメ」と佐伯さんが震える声で叫んだ。


 佐伯さんの手には宝箱から取り出されたペンダントが握られていた。

 ロケットペンダントらしく、写真が中に入っている。

 その写真を佐伯さんは見つめていた。


 俺は彼女の手に持っているロケットペンダントの写真を覗く。


 そこには佐伯さんが写っていた。

 佐伯さんと凛々しい顔の青年と弟っぽい男の子の3人で写っているモノだった。


「遺品って聞いたら使えないわよ」とカメラを握りしめた風子が言った。


 佐伯さんはペンダントを自分の首にかけた。

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