第17話 舐め合う部屋

「仕方がありませんわね」

 と姫子が息のかかる距離で呟いた。


 舐め合わなければ出られない部屋に入ってしまった。

 壁には文字で『全身を舐め合ってくださぁい』と書いている。ひらがなが鏡文字になっている。それに子どもが書いたような文字である。


「俺が壁を破るから」

 俺が慌てて言った。


「そういうズルはしたらいけませんのよ」

 と彼女が言って、俺に甘い息をかけてくる。


 壁を壊すことがズルなのか? 

 姫子はルールに沿って次の扉を開けようとしている。


「わざわざ魔物のルールに沿わなくていいんだぞ」と俺が言う。


 姫子が迫って来るから俺は後ずさり。

 そして壁にぶつかった。


 姫子の口からヨダレが溢れている。それを彼女は服の袖で拭った。


「魔王様は美味しそうですわね」


「俺を食べても全然美味しくないぞ」

 と俺は震える声で言った。


 彼女の肩を掴もうとした。


「魔王様の力で私を押したらダメですわ」


「いや、押そうとしていた訳じゃない」と俺が言う。「掴もうとしてたんだ」


「それでもダメですわ。肩が壊れます」


 彼女を守る、と俺が言ったのだ。

 そんな姫子を俺は傷つけることができない。

 だから俺は手を引っ込めた。


 姫子が赤い舌を出した。

 俺は彼女の舌から逃げるように座ってしまう。


「逃げちゃダメですよ」

 と姫子が言って、俺の膝の上に座る。


「お耳から舐め舐めしましょうか?」


「いや」と俺は拒絶する。


 姫子の顔を俺は見た。

 お人形さんみたいな美しい顔なのに、完全に目がイっちゃてる。

 もしかしたら魔物に操られているのか?


「美味しそうなお耳ですわ」


「美味しくない」

 と俺は言って、両耳で自分の耳を塞いだ。


「魔王様って可愛いですわね」

 完全に目がイっちゃってる姫子が言う。


 俺は別に可愛くない。


「そういうことは好きな人とやるべきだと思うぞ」

 と俺が言う。


「私は魔王様のことが好きですのよ」

 と姫子が言った。

「私は普通の女の子ですもの。ピンチの時に助けに来てくれたヒーローに惚れるのは当然ですわ」


 俺には彼女が普通の女の子に見えなかった。


「顔の方がガラ空きですわよ」

 と姫子が言った。

 

 姫子は俺の右の瞼が閉じないように両手で開いた。

 どんな状況だよ。マバタキができないから涙が出そう。

 そんな右目に彼女の舌が近づいて来る。

 俺は怖くて足に力を入れた。足の指がグッとなる。


 姫子が俺の眼球をベロベロと舐めた。


 痛くはない。

 クスぐったいのと恐怖。


 はぁ〜、と姫子が吐息を漏らす。

 それだけで俺の眼球が震える。


「やめてくれ」

 と俺は小さく呟いた。


「ダメですわ」

 と彼女が言う。


 彼女の舌がペロペロと俺の眼球を舐める。

 弱点を弄ばれているような恐怖。

 世界で一番自分が弱い生き物になったようだった。


「反対の目玉もペロペロしてさしあげますわ」と彼女が言った。


 姫子は両手でこじ開けるように、俺の左の瞼を開いた。


「ふぅ〜」

 と彼女が息を眼球に吹きかけた。


 怖いせいか、それともドライアイになったせいか、涙がボロっと溢れた。


 赤い舌が近づいて来る。

 そして俺の眼球を彼女が舐めた。

 眼球の上をペロペロと舌が動く。

 

 耳をガードしていた手を離した。

 クスグったいのに耐えられなくて、手をギュッと握った。


「美味しいですわ」

 と姫子が言った。


 今まで出会ったどんな魔物よりも、彼女の方が強いように思えた。


「やめてくれ」

 と俺が言う。


「ダメですわ」

 と彼女が言った。


 ガチャ、と扉が開く音が聞こえた。

 姫子が入り口の扉を見た。

 俺も彼女の舌から解放されて、入り口の扉を見た。

 涙なのか、ヨダレなのかはわからない。視界が滲んで見える。だけど、そこには佐伯さんと風子がカメラを抱えて立っている事がわかった。

 すぐに風子がカメラを下ろし、佐伯さんが持つカメラも下ろさせた。


 俺は助かった、と思った。




□□□□□□□□□



【キラキラ姫子の探索チャンネル、配信中のコメント欄】


『今、何が映った?』


『はい、炎上案件』


『魔王死ね』


『死ね魔王』


『魔王最低だな』


『魔王が姫子を襲ってたぞ』


『姫子が魔王の上に乗っていたように見えたけど』


『魔王最低だな』


『炎上決定』


『ファン辞めます』


『しょーもな』


『どんな言い訳をするのかが楽しみ』


『まさか次の部屋は2人がいる部屋なんて。殺し合いの部屋で無いことは確か』


『ペロペロルームか?』


『ファン引退宣言』


『姫子はビッチ』


『何度かビッチ疑惑が浮上したけどマジビッチ』


『姫子は強い男が好き。こうなることはわかっていた』


『魔王が悪い』


『魔王討伐に動きます』


『もはや佐伯さんが可哀想』


『魔王に会うために頑張って百合った佐伯さん』


『魔王殺す。みんなで魔王討伐に向かおう』


『魔王泣いてたんじゃねぇ?』


『姫子はビッチ』


『魔王死ね』


『姫子ビッチ』


『ビッチ・ザ姫子・ザムービー』


『ペロペロルームだったんだ。きっと次の部屋に行くために仕方がなくしたんだよ』


『ペロペロルーム・ザムービー』


『とにかく明るい佐伯さんが、どんな顔をしてるのか見たい』


『はい。姫子の言い訳が始まりました』


『魔王は殺す』


『魔王討伐とか逆にベタすぎて新鮮』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る