第12話 胸のモヤモヤ

「とりあえず休憩所に行こう」

 と俺は提案した。


「そうそう休憩所に行こう。……休憩所ってなんじゃそりゃ? ダンジョンにそんなところアルマジロ〜?」

 と佐伯さん。


「テンション上がりすぎてギャグがコロコロコミックみたいになってるぞ」

 と俺は注意する。


「すいま千円」

 と佐伯さん。

「魔王君がコロコロコミックを知ってることが驚きだわ」


「ラストダンジョンに休憩所なんてあったかしら?」

 と姫子が首を傾げる。


「ワンフロアーに必ず1箇所は休憩所を設置している」


「詳しいのですわね」

 と姫子が言う。


「こちらの愚か者は、なんとラストダンジョンの御曹司なのであ〜る。UR賃貸であ〜る」

 と佐伯さん。


「さりげなく俺の悪口を言ってるな。誰が愚か者なんだよ」


 そうなんですの、と姫子が驚く。

「だからあんなに強いんですわね」


「お姉さんは俺が担ごう」

 と俺は言った。


 気を失ってもカメラを握りしめて離さないお姉さんを俺は肩に担いだ。プロレスラー担ぎである。


「私はリュック持ってあげるね。超重たい。大変だ。私頑張る。礼は要らぬ」

 佐伯さんは言って、リュックを持った。


「立てるか?」

 と俺は姫子に手を差し出す。


「大丈夫ですわ」

 と姫子は言った。

 治ったばかりの足が痺れているらしく、フラついていた。

 俺は彼女を支えた。


「ありがとうございます」

 と姫子が丁寧にお礼を言う。


「足が痺れてるなら肩を貸そう」

 と俺が言う。


「大丈夫ですわ」と姫子が言う。

 そして彼女は俺の胸に設置されたスマホを見る。

「それにカップルチャンネルの彼氏様と触れ合えば炎上するかもしれませんし」


「カップルチャンネルやおまへんよ」

 と佐伯さんが言った。

「これは私のチャンネル。私だけのチャンネルなんだよ。魔王君の家に付いて行くという企画をしているだけでごわす。私と彼はただのビジネスのお付き合いです。この企画が終われば彼にはドックフードを十粒あげる契約なんです。だから姫子先生、この愚か者めの肩をどうぞお借りくださいませ」


「俺のことを犬扱いすんじゃねーぞ」


「カップルじゃないんですか」


「その代わりですね先生。こんなことを先生に頼むのは心苦しいのですが、動画を撮影しても宜しいでしょうか?」


「かまいませんわ」

 と姫子がニコッと笑った。


「よっしゃーほいさ。よっしゃーほいさ」

 と佐伯さんが歓喜する。


「ハンマーは俺が持とう」


「そのハンマーは持てないと思いますわ」

 と姫子が言った。


 俺はハンマーを軽く持ち上げた。


「すごいですわね。500キロもあるのに軽く持ち上げるなんて」

 と姫子が言う。


「別に大したことねぇーよ」

 と俺が言った。


「そんな細い腕で500キロのハンマーを武器にしてる方がすげぇーよ」


「この服が魔法具なんですわ。筋肉強化の魔法がかかってますの。この服を脱げば、こんな重たい物は持てませんわ」


 そうか、と俺が頷く。


「肩、お借りしてもよろしいかしら?」

 と姫子が恥ずかしそうに尋ねた。


 彼女が俺の肩に手を置いた。


「ぬぬぬぬぬぬ」

 と佐伯さんが俺達にカメラを向けながら呟いた。

「なんだ、この胸のモヤモヤわ」


「休憩所ってどこにありますの?」

 と姫子が尋ねた。


「すぐ近くにある」


 それから俺達は10分ぐらい歩いた。

 魔物が出てくるたびに俺は手から炎を出した。俺はあまり攻撃魔法が好きではない。不得意というのもあるけど、倒したって実感がないし、火力の調整が苦手なので一瞬で消えてしまうのだ。だけど今は女の子を担いでいるので最小限の動きしか出来ない。だから攻撃魔法を使った。


 それで休憩所に辿り付く。

 大きな石で作られた扉である。


「ココが休憩所なんですの?」

 少し驚いて姫子が尋ねた。


「そうだよ」

 と俺が言った。


「この扉って、開かずの扉って言われているところですわ」


「そんな事ねぇーよ」

 と俺が言う。


「魔法がかかってますの?」

 と姫子が尋ねた。


「何もかかってねぇーよ。ちょっと重たいだけ」と俺が言う。


 そして片手で俺は扉を押した。

 もしかしたら一般的な探索者には石の扉が重たくて開かないのかもしれない。


「処女扉オープン。初公開でございまするぅ」と佐伯さんが言って、休憩所の中を映した。


  10畳ぐらいの空間。

  石で作られたベッドが5台。祭壇みたいなベッドである。ちなみに寝心地は最低である。

 それと石で作られた机が1つ。椅子も石で作られている。

 パーティで休憩すると考えられて作られた空間である。

 置かれているモノは、それだけ。

 魔物に襲われないだけマシ、という空間であった。


「期待して損したぜ。つまんねぇ空間」

と佐伯さん。


 部屋に入ると祭壇の1つにお姉さんを寝かせた。


「でもフリーWi-Fiはあるぞ。そこにパスワードあるだろう」

 と俺が壁を削って書かれたパスワードを指差す。


「すげぇー。すげぇーよ。つまんねぇー空間って言ってすまんかった。最高じゃん。ココ最高な休憩所じゃん」と佐伯さん。


「一応ベッドには疲労回復の効果が付与されてるから、横になった方がいい」と俺は姫子に言った。


「わかりましたわ」と姫子が言って、硬いベッドに座る。


「佐伯様」と姫子が言う。

「休憩の時は配信と撮影は止めていただけますか?」


「了解でございまする」

 と佐伯さんは言って、カメラを止める。


 そして彼女は俺の胸に設置していたスマホを手に取り、

「視聴者の皆様、今から休憩です。また配信をするから待っててね、アデュー」

 と言って、配信を消した。


 そして佐伯さんはスマホをイジって、バイブのように震え始めた。彼女の震えは大きくなり、ダンスが始まった。


「どうしたんだ?」と俺は尋ねた。


「と、と、と、と、と、登録者が、20万人も一気に増えてるぜよ。どうしよう? どうしよう? 見て私の手の平。興奮しすぎて汗でビッショリ」

 佐伯さんが俺の顔面に湿った手を押し付けて来る。


「近すぎ」

 と俺が言う。


「ごめん。興奮しすぎて距離感がわからなくなってる。どうして魔王君、そんなに遠くにいるの? お〜い魔王君。聞こえてますか?」


「ココにいるし、ずっと聞こえてるわ」

 と俺が言う。


「そんなとこにおったんかい」

 と佐伯さんは、1人新喜劇をするようにズッコケる。


「テンション高けぇーな」と俺が呟く。


「すごいすごい。こんな登録者数が増えたのは初めて。ヤバい興奮する。オシッコちびりそう」


「もちろんトイレも完備されてるぞ。チビりそうならトイレに行けよ」

 と俺はトイレを指差す。


「ちょっと嬉ションしてくるわ」

 と佐伯さんが言ってトイレに向かう。


 佐伯さんがトイレに行く背中を見送った。


 キラキラ姫子が立ち上がった。

 そして俺の隣に座った。

 なんで急接近したんだよ?

 

「本当は私」

 と姫子がポツリと呟いた。

「佐伯さんのチャンネルの事を知ってましたの。意外と表裏がない人なんですのね」


「そうだな。あのテンションで裏が無いことが怖いよな」と俺が言う。


 クスクスクス、と姫子が笑った。


「魔王様みたいな人と一緒に動画を撮ってて羨ましいですわ」とキラキラ姫子が言う。


「なんで?」と俺は尋ねた。


「強いしカッコいいですから」


「強くねぇーよ。親父に一度も勝てたためしがねぇー。それにカッコ良くもねぇーよ。みんなから怖がられている」


「そんな事ないですわ。……もし良かったら私の動画にも出てくれませんか?」


「友達になってくれるか?」

 と俺は尋ねた。


 人気者と友達になれば、いっぱい友達ができるという打算があった。


「いいですわよ」と姫子が嬉そうに言った。「それ以上の関係でもいいですわよ」


「それ以上の関係って?」


「……私、強い殿方とお付き合いしたいと思ってたんですわ」


「俺より、もっと強い人はいるだろう?」


「魔王様以上に強い人なんて出会ったことはございませんわ」


「俺なんてまだまだだよ」


「筋肉触ってもよろしいでしょうか?」


 スーハー、と鼻息荒く姫子が尋ねた。


「筋肉? 別にいいけど」


 キラキラ姫子が俺の腕を触った。


「あっ、すごい。硬い」


 なんか手つきがイヤらしい。


 彼女の手が俺の胸を触った。

 スーハー、スーハー、と姫子の鼻息が荒くなる。


「お胸も凄くいいですわ」

 ヨダレをジュルジュル、と流しながら姫子が言った。


 この子も佐伯さんと同じで頭がおかしい子だ、と俺は思った。


 佐伯さんがトイレから帰って来る。

 姫子は慌てて、俺の胸から手を離した。


「ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぅぅぅぅ」

 と佐伯さん。


「魔王君のことを触ってたでしょ?」


「触ってたから何ですか? お二人はお付き合いしていないんでしょ?」


「なんか胸がモヤモヤする」と佐伯さんが言い出す。


「思春期なんだろうよ」と俺が言う。


「この胸のモヤモヤの正体を知るために、昔に流行った愛してるゲームしよう」

 と佐伯さん。


「なんで、そんなゲームしないといけないんだよ?」と俺。


「ルールは簡単。姫子先生と魔王君が睨めっこするように向き合って愛してるって言うだけ。そして照れたら負け」


「いいですわ」と姫子。


 姫子が俺を見つめた。

「私から言ってよろしいですか?」


 ポクリ、と俺は頷く。


 姫子が唇をベロっと舐めた。

 お人形さんのように整った顔。

 彼女が潤んだ瞳で俺を見つめた。


「愛していますわ」


 お人形さんみたいな女の子から愛してる、と言われて照れない男はいない。

 俺は彼女から視線を外して、照れた。


「それじゃあ魔王様の番ですわ」


 俺は姫子を見た。


「愛してる」

 と俺が言う。


 姫子が顔を真っ赤にして、デヘヘと照れた。


「ダメだダメだ。私の負けだ」

 と佐伯さん。

「なぜかわかんないけど、胸がモヤモヤするでありまする」


「その胸のモヤモヤは、気のせいですわ」

 と姫子。


「な〜んだ。気のせいか。テヘペロ」

 と佐伯さんが舌を出した。

「自分が強い男に憧れる普通の女の子だと勘違いしそうだったよ。私のバカだな。動画の編集させていただきやす。姫子先生を助け出した動画を早く出さなくてわ。忙しい忙しい」


 変な勘違いをしそうになるなよ。それに俺は強くねぇーよ。


「姫子は横になっとけよ」と俺が言う。


「わかりましたわ」と彼女が言った。



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