第11話 キラキラ姫子を救出

 俺達は7階層にいた。

 8階層までは近い。

 だけど8階層には分かれ道があって、どこに襲われている女の子がいるかわからん。

 俺は分かれ道で足を止めた。


「ワシを殺す気か!」と佐伯さんが怒鳴った。

 なんで彼女はキレている時、エセ関西弁になるんだろうか。


「口に風が入ってきてカービィみたいになってるがな。もうちょっとで口が広がりすぎてて裏返るところやったわ」


「口が広がり過ぎても裏返らないぞ」

 と俺が言う。


「わかってるわい。例えや例え。わかるか? 比喩表現ってやつや。お前どんだけ早く走りよるねん。途中で後頭部を殴って殺そうとしたのに気づかんって、どないなってますねん」


「えっ、後頭部を殴ってたの? 気づかんかった」


「ワシがお前に感じてるのは殺意しかないわ。アホンダラー」


「……」

 友達になれると思ったのに、殺意を向けられるなんて悲しい。


「それで、どうして止まったの?」

 と佐伯さんが尋ねた。


「分かれ道。どっちの道に行けばいいんだろう?」と俺は尋ねる。


 ウォーー、とダンジョンの奥から地鳴りのような魔物の声が聞こえた。左の道はオークの巣があるのだ。彼等は時折、叫んで人を近づけないようにしている。


「右の道に行こう」と佐伯さん。


「でも左の道の方が近道だぞ」

 と俺が言う。


「近いとか関係ない。絶対に右」


 わかった、と俺は頷く。

 彼女の勘を信じよう。俺なら絶対に左だけど。


「ちょっと待って。また走るの?」

 と佐伯さんが焦る。


「もちろん」と俺は頷く。

 早くしないと女の子が殺されてしまう。


「もっと風の抵抗を抑えた走り方はできないの?」


「前に来る?」


「前?」


「前なら背中に風を浴びるだけで、風の抵抗は無いと思うぞ」

 と俺は言った。


 彼女は俺の背中から降りる。

「ダンカメも落ちそうだからリュックに入れて」

 と佐伯さんが言いながらカメラを自分のリュックにしまった。


「みなさーん。駅弁スタイルを、このバカに求められてまーす。こんなところで、こんな感じで処女を喪失するなんてシクシク」


「そんなエッチなことしねぇーよ。駅弁スタイルっていうか、コアラスタイルっていうか、そっちの方が風の抵抗がないように思っただけなんだよ」


「我々はキラキラ姫子さんを助けに行きます。色んな意味で私は犠牲になってでも助けに行くんです。チャンネル登録と高評価お願いしやーす」


「そんなに嫌だったら背中に乗っとけばいいだろう」


「死ぬほど怖い。魔王君も魔王君の背中に乗ったらわかるよ」


「乗れる訳ねぇーだろ」

 と俺が言う。


「今から画面が暗くなるけど、エッチなことしいてる訳じゃないからね」

 と佐伯さんは視聴者にそう言って、俺の手に首を回した。


 そして佐伯さんはコアラのように俺にしがみつく。

 出来る限り、お尻は触らないようにしたけどコアラスタイルをする場合、どうしても佐伯さんのズレ落ち防止のため、彼女のお尻に手を添えないといけなかった。


 走ると「んぅぅん、んっ」と喘ぎ声のような、恐怖を噛み殺しているような声が聞こえた。

 たしかに佐伯さんが言うように、エッチだった。


 そして見つけた。

 地龍である。

 見た目はトカゲを大きくした感じ。ゾウぐらいの大きさはあった。

 この階層には出現しないはずのイレギュラー。


 佐伯さんを下ろす。

「駅弁スタイルは恥ずかしすぎる」

 顔を真っ赤にして佐伯さんが言う。


「駅弁なんてしてねぇーし」と俺が呟く。

「喋ったら地龍に気づかれるぞ」


「地龍?」

 と彼女が首を傾げる。


 俺は地を這うドラゴンを指差した。


「わっ」

 と佐伯さんが驚いて口を手で押さえた。


 地龍は俺達に気づいていない。

 大きな岩を気にしているようだった。

 その岩を地龍がサッカーボールを蹴るように前足で退かした。

 岩の陰に隠れていた2人の女の子が現れた。

 1人はピンクのフリフリ姿で、もう1人は探索者らしい防具を付けているものの、負傷して倒れていた。

 

 俺はジャンプした。

 勢いをつけるために空中で回転して、地龍の頭に踵落とし。


 ドスン、と地龍が倒れた。


 ピンクのフリフリの女の子……この子がキラキラ姫子だろうか? 可愛らしい顔で呆然と彼女が俺を見つめていた。


 地龍の頭から俺は降りる。地を這うドラゴンは頭蓋骨が凹み、完全に死んでいる。

 地龍がダンジョンに吸収される前にリュックに仕舞う。


 そして俺のことを呆然と見つめている女の子の元へ。


「大丈夫か?」

 と俺は尋ねた。


「……」


 彼女は涙を流しながら俺を見ていた。

 茶色い髪はツインテール。

 フリフリのピンクの服装はロリータと呼ばれるやつだと思う。

 お人形さんみたいだった。

 キラキラ姫子の傍に大太鼓のような大きなハンマーが置かれていた。

 このハンマーが彼女の武器なんだろう。


 俺は倒れている女の子を見た。彼女は一般的な防具を着用して、手にはダンジョンカメラが握られている。


「助けに来たんだ」

 と俺は言った。


「……お姉様が、お姉様が」

 と震えた声で少女が言う。


「バズらにゃ死んでしまう佐伯さんだよ」

 と佐伯さんがカメラを持って登場。


「うるせぇーよ」と俺が言う。


 体の右側を攻撃されたみたいで負傷している。それに防具の右側が壊れている。

 変な方向に右腕も曲がっていた。


 お姉様と呼ばれている女性の手首を掴み、脈を確認した。

「良かった。生きてる。大丈夫。生きていたら回復魔法で治る」


 お姉様の負傷している箇所に手をかざして回復魔法を施す。俺の手が緑色に光る。


 回復魔法は自然治癒力を向上させるスキルである。


「お姉様……」とピンクのフリフリの女の子が言った。


「大丈夫。今は気を失っただけだ」と俺が言う。


「君はどこか怪我はしてないか?」

 と俺は尋ねた。


「足が」と彼女が言う。

 

 俺がキラキラ姫子の足を触る。

「痛っ」と彼女が顔を歪めた。

 骨折しているみたい。

 回復魔法を施す。


「これで大丈夫だ」

 と俺が言う。


「助けていただき、ありがとうございますわ」と彼女が言った。


「全然いいってことよ」

 と何もしていない佐伯さんが言った。


 痒いですわ、とキラキラ姫子が言って足を掻いた。


「回復魔法で治したところは少しの間だけ痒いんだ」と俺が言う。


「私は配信をしている姫子と申します。倒れているのは姉の風子ふうこです。繰り返しになりますが、姉の分までお礼を言わせてもらいますわ。本当にこの度は助けていただきありがとうございます」


「バズらにゃ死ぬでお馴染み佐伯さんだよ」と佐伯さんが言った。

 自己紹介をしたかったんだろう。

「そして彼が魔王君。私の配信にキラキラ姫子先生の視聴者が助けを求めて来て参上しやした」




□□□□□□□□□


【バズらにゃ死ぬでお馴染み佐伯の探索チャンネル、配信中のコメント欄】


『ありがとう』


『姫子を助けてくれてありがとう』


『ありがとう』


『ありがとう』


『魔王君がいなかったら姫子様が死んでいた。チャンネル登録しときます。高評価もしときます』


『ありがとうー』


『ありがとうと伝えたくて、あなたに』


『🐜 10匹』


『バズるために助けた定期』


『チャンネル登録します。高評価もします』


『チャンネル登録しない奴、高評価しない奴は3秒後に死ぬ』


『キラキラ姫子ファンを代表して言います。ありがとうございます』


『ありがとう祭り』


『まさかアタおか女のチャンネルがありがとうで埋め尽くされるとわ』


『佐伯さんは何もしていない定期』


『カップルチャンネルじゃないから、キラキラ姫子に魔王君を奪われる定期』


『ありがとう』


『ありがとう』


『魔王君のファンになりました。ありがとう』


『駅弁は挿○ありですか?』


『ウチの店、挿○無しなんですよ』


『魔王君すげぇーわ。地龍を一撃』


『動画がブレてわからなかった。魔王君は何をした?』


『わからんけど、地龍を一撃』


『ありがとう』


『魔王君がいなかったら姫子様は助かりませんでした』


『魔王くん。大好き』


『魔王君人気すご』


『ありがとうございます。魔王君のチャンネル登録しときます。高評価もしときます』


『佐伯さんの話題が無くて草』


『魔王君がチャンネルを開設したらバズる』


『本当に本当にありがとうございました』


『愛してるぜ、魔王』


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る