第10話 エマージェンシーなんだよ
今日は俺が配信用のカメラ……佐伯さんのスマホを装着している。
生配信のアーカイブを見た時に佐伯さん本人が映っていなかったらしい。そりゃあそうである。自分自身に配信用のスマホを取り付けているんだから。
だから今日は彼女のスマホを俺が取り付けている。
ダンジョンカメラは彼女が持っていた。
それで俺がサラマンダーを一撃で倒して、リュックに入れた時に佐伯さんがキレ始めた。
「ちょっと待たんかい。なんでリュックに大型犬サイズの魔物が入んねん」
とエセ関西弁を駆使して、佐伯さんが怒っている。
「言ってなかったっけ? このリュック魔道具なんだ。だから結構入るぞ」
「結構入るぞ、じゃねぇーよ。なんでサラマンダーなんてリュックに入れくさっとんねん、って聞いてるんじゃ」
「早く魔物をリュックに入れなくちゃダンジョンに吸収されるからな」と俺が言う。
「ワシはそんな事を聞いてんちゃうねん」
佐伯さんがイライラしながら言う。
それじゃあ何を聞いてんだよ?
「宿屋で魔物の買取りをやってんだ。自分の家が経営する宿屋だからお金は別にどうでもいいんだけど。お小遣いに貰っとけ、って言うから貰っている。使うことはないんだけど」
「そんな事を聞いてんちゃうねん」
と佐伯さん。
まだ関西弁はやめてくれないみたいである。
「そうかそうか。さすがにネズミは宿屋に出せないから買取りはお断りしてるぞ」
「ネズミの買取りのことをワシは聞いてるんちゃうねん。アホか」と佐伯さんが言う。
「それじゃあ何を聞きたいんだよ?」と俺は尋ねた。
「お前はワシに魔石を捨てさせたやろうが。お前アレ調べたら1つ1万もするんやぞ」
と佐伯さんが言って俺の首を絞めてきた。
そう言えば、そんな事もあった。
ネズミから魔石を獲るのが邪魔くさかったので魔石を捨てて諦めさせたのだ。
「苦しいか? コレがワシの苦しみやぞ。わかったか?」
「いや、別に苦しくないけど」
と俺が言う。
「しょーもな」と佐伯さんが地面に唾を出す。
「チートはしょーもな」
「また大きい魔石を獲ってプレゼントするから」と俺が言う。
「今すぐほしい」
「サラマンダーの魔石ならあるけど」
「もっと大きいのがほしい。いっぱいほしい。ネズミの魔石も取りに戻ってほしい」
と佐伯さんは地団駄を踏んだ。
「欲張りじゃん」
「欲張りじゃないもん。魔石を捨てさせたのは魔王君だもん」と佐伯さん。
「あんな小さな魔石を取りに帰っていたら、いつまで経っても実家に帰れないじゃん」
「取りに帰る。取りに帰る」
「もうダンジョンに吸収されてるって」
と俺が言う。
「信じられない。信じられない」
「先に進もう」
「嫌だ嫌だ」
と佐伯さんが、ずっと駄々をこねている。
どれだけネズミの魔石がほしかったんだよ。
急にピタリと佐伯さんが止まった。
そして、ある一点を集中している。
俺の胸である。厳密に言うなら俺の胸に取り付けている、今現在配信中のスマホである。
「なにこれ珍八景。里見八犬伝」
と彼女が呟いた。
「なに?」
と俺は尋ねた。
「なんでもないやい」
と彼女が言って歩き始めた。
「っとか言いながら、ちゃんとコメントを読むの術」
と彼女が立ち止まって、俺の胸に取り付けられたスマホを凝視する。
「悪口でも書かれてるのか?」
と俺は尋ねた。
「ちょっと黙って。うるさい」
と彼女が真剣な顔をした。
「さようか」
と俺が言う。
コメントを読んだ佐伯さんが、「ふむふむ」と頷く。
「魔王君のスマホから配信サイト見れる?」
と佐伯さん。
「見れるけど」
と俺が言う。
「キラキラ姫子チャンネルを開けて?」
俺はポケットからスマホを取り出して配信サイトを開ける。
「何を検索しろって?」
「ちょっと貸して。今エマージェンシーなんだよ。略してエマーシーなんだよ」
と佐伯さんが言って、俺のスマホを奪い取る。
そして検索ワードに文字を打ち込む。
可愛らしいピンクのフリフリの服を着た女の子が涙ボロボロと流して泣いている動画が配信されていた。女の子の顔がアップでわかりにくいけど、たぶんダンジョン内である。
「誰か助けてくださいませ。お願いです。誰か助けてくださいませ」と泣きじゃくりながら丁寧に女の子がお願いしている。
「なにこれ?」
「ココの8階層らしい」
と佐伯さんが言った。
俺は泣きじゃくる女の子の動画に目を奪われた。
「この子はなんで泣いてるの?」
配信された動画からドスン、ドスンと足音が聞こえた。
ピンクのフリフリを着た女の子は黙り、泣き声を殺して息を潜めた。
「イレギュラーが発生したんだって。ドラゴンに襲われているんだって」
イレギュラーというのは、その階層では発生しない魔物が現れたりすることである。ドラゴンの生息地は、もっと深いところである。地龍でも20階以上は潜らないと出現しない。
「助けに行くよ」と佐伯さんが言った。「魔王君しかドラゴンを倒せる人はいないんだよ」
俺は少し考える。
イレギュラーに遭遇してしまってもダンジョン内で弱い人間が死ぬのは自然の摂理である。
父親はラスボスである。息子の俺が探索者を守ってもいいのか?
「なにボーーッとしてるのよ。早く行くよ」
佐伯さんが人を助けたがっている。
「ココはラストダンジョンなんだ。弱い人間は死ぬんだよ」と俺は言った。
「バズるぜよ」
と彼女は叫んだ。俺の言葉を搔き消すように。
「キラキラ姫子は超大物アイドル配信者ぜよ。助けたらバズりまくるぜよ」
と佐伯さんが叫んでいる。
俺は笑う。
昨日の編集作業をしていた佐伯さんの事を思い出した。
彼女は本気なのだ。
応援したい、と俺は思っている。
「そういうのって、あんまり声に出して言わん方がいいと思うぞ」と俺が言う。
「つい言葉が口に出てしまった」
と佐伯さん。
彼女は人を助けたい、という気持ちで動いているわけじゃなくて、バズりたいという配信者の性で動いている。
それが俺には好ましかった。
「わかった。助けに行こう」と俺は言った。
彼女と2人で走って向かえば間に合わないだろう。
そんな悠長なことをしていたらキラキラ姫子は殺されるだろう。
だから俺は佐伯さんを背負っていくことにした。
「なんでオンブする姿勢なの?」
と佐伯さん。
「ダッシュで向かうから乗って」と俺が言う。
「一刻を争う」
「私のおっぱいを背中で感じたいだけでしょ?」
「マジで早く乗って。急いでるから」
と俺が言う。
「わかりました」
と彼女が言って、俺に乗った。
俺は8階層に向かって走った。
わーーーーっ、と後ろから絶叫マシーンに乗っている人が叫ぶ声が聞こえた。
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