第5話 お風呂にする? それともアタシ?

「こちらが部屋になります」

 と中居さんが言って、部屋の扉が開かれた。


 部屋の中に入る。

 俺には普通の旅館の和室である。


「うわ〜、ゴイゴイスー」

 と佐伯さんがピョンピョンと飛び跳ねている。


 彼女が喜んでくれて嬉しい。

 だけど昔から知っている中居さんに対して恥ずかしかった。


「スーを差し上げます。スーを差し上げます。もはやバーゲンセールです」

 と佐伯さんが言いながら部屋をハンディーカメラで収めている。


「面白そうな人ですね」と中居さんが言う。


 俺は苦笑いしたまま、ポクリと頷く。

「すごく面白い人です」


「若旦那様がこんなに笑っているのを私は初めて見ました」


「苦笑いですよ」


 中居さんがニッコリ笑った。


「ご飯は何時ぐらいにお持ちしましょうか?」


 俺はポケットからスマホを取り出して時間を確認する。その時に母からラインが来ていたことも確認する。

 今すぐに晩御飯を食べるには早すぎる時間だった。

「それじゃあ2時間後ぐらいにお願いできますか?」


「かしこまりました」

 と中居さんが頷く。


「露天風呂もあるよーーー」

 と部屋の奥から声が聞こえた。


「ごゆっくりしてください」

 と中居さんが言って、部屋から出て行く。


「露天風呂、露天風呂、露天風呂」

 と露天風呂の歌が奥から聞こえた。


「はぁ」と自然と声が漏れた。

 きっと頭のおかしい女と付き合っている、と思われている。


 母からのラインに『了解』と返事をした。

 帰りに牛乳を絞って来てほしい、というお遣いミッションだった。

 ダンジョンで牛を飼っているのだ。


 興奮状態の佐伯さんが俺に近づいて来る。

「ダーリン、お風呂にする? それともアタシ?」


「誰がダーリンだよ」

 と俺がツッコむ。

「佐伯さんにする、って言ったら何が行われるんだよ」


「本日、佐伯を選んでいただけると佐伯のヨサコイ踊りがご覧になられます」


「絶対にいらん」

 と俺が言う。


「一対一のオンステージだよ」

 と佐伯さんが言う。


「一対一のオンステージほどキツイものはねぇーよ」


「それじゃあお風呂にする?」

 モジモジ、と佐伯さんが言いながらハンディーカメラを俺に向ける。


「佐伯さんが入りなよ」


「一緒に入ろうよ」

 と佐伯さんが言った。


 爆弾発言。

 一緒に入ろう?

 

「入れるわけないだろう」


「大丈夫。私、水着持って来ているし、男性の男性たる所以を隠していただければ一緒に入ることができますがな」


「いや、いいよ」

 と俺が言う。


「入ろう。入ろう。そして露天風呂で質問コーナーをしよう」


「質問コーナーって何だよ? もう勝手に1人で入れよ。俺を巻き込むなよ」


 彼女がハンディーカメラを俺に渡す。

 撮影しろ、ってことか?

 カメラを佐伯さんに向けた。


「一緒に入る」

 と彼女が言って、床に倒れた。

 そして子どもがするようにジタバタと両手両足を動かした。


「一緒に入る。一緒に入る。一緒に入る」

 ジタバタジタバタ。


 亀がひっくり返って一生懸命起き上がろうとしている姿にも見えた。

 俺は呆然とジタバタする佐伯さんを見ていた。そこに何の感情も湧かなかった。

 何やってんだよコイツ。


 しばらくするとコンコン、とノックの音が聞こえた

 ハンディーカメラを卓袱台に置いて、扉を開けた。


 さっきの中居さんだった。

「どうしましたか?」

 と俺は尋ねた。


「若旦那様。下の部屋にも宿泊している人がいますので、ちょっとお静かにお願いします」


「あっ、すみません」

 と俺は頭を下げた。


 扉を閉めて佐伯さんのところに戻る。

 俺が戻って来たのを見計らって、「一緒に入る」のジタバタ攻撃が再開した。


「やめてくれ。わかった。わかった。一緒に入るからやめてくれ」

 と俺は言った。


 佐伯さんが座って俺を見る。

「エッチ」

 と彼女が呟いた。

「そんなに私の裸が見たいなら、初めから言えばいいのに」


「……いや」

 見たくねぇーよ、とも言えない。

 佐伯さんは言動はアレだけど、めちゃくちゃ可愛いのだ。

「やっぱり1人で入ってくれ」


「嘘嘘。それじゃあ魔王君が先に入って。あと男性の男性たる所以が配信中に映ったらバンされるからパンツのまま入ってね。私は準備して水着に着替えて入るから」

 と佐伯さんが言う。

 急にテキパキとした口調にビックリ。

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