第4話 2人っきりのお泊まり

「お腹空いた。お腹空いた。お腹空いた。お腹空いた。死ぬ。死ぬ。死ぬ。宿屋に泊まってく。宿屋に私は泊まってくから」

 と佐伯さんが言い始めた。


「宿屋には泊まらない」

 と俺が言う。

 宿屋に泊まっていたら、いつ実家に帰れるか本当にわからないのだ。

 4時間で休憩することは了承したけど、まだ5階層なので宿泊することは了承できない。そんな事をしていたら夏休みが終わってしまう。


「宿屋に泊まれなかったら、どこで寝ますねん。野宿せいっちゅーんか。殺す気か? お腹空いたお腹空いたお腹空いた。死ぬ死ぬ死ぬ。宿屋宿屋宿屋」

 と佐伯さんがへたり込んで駄々をこねる。


「お腹空いたら魔物を調理して食べたらいいし、眠たかったらダンジョンで寝たらいい」と俺が言う。

 実は魔物を調理する道具は持って来ている。途中でお腹が空くこともあるだろうし、人を連れて実家に1日で辿り着けないと思っていたからである。

 まだ魔物は食べていない。お昼にネズミを捕まえて調理してあげようと思ったけど佐伯さんからカロリーメイトを渡されて、それを食べた。

 

「嫌じゃ。嫌じゃ。魔物を食べるなんて嫌じゃ。宿屋で食べる」

 と佐伯さんが駄々をこねる。


「宿屋で出している料理も魔物だぞ」

 と俺が言う。


「それは撮影しないといけない。さぁ宿屋へ」


「そんなことしてたら、いつまで経っても実家に帰れないじゃん。50階層まであるんだぞ」


「でも宿屋って5階層と10階層しかないんじゃろう? この老婆のお願いじゃ。5階と10階は暖かいベッドの上で眠らしておくれ」


「ピチピチの10代だろう? 眠ったら俺が背負って進んでやるよ」


「私と密着したいっていうの? エロ。エロ。大エロ。大江戸大温泉。アンタなんて大っ嫌い」

 佐伯さんは、そう言って座った。


「わかったよ」と俺が言って、溜息をつく。


「やったーーーーー。宿屋。宿屋。宿屋」

 と佐伯さんがピョンピョンと飛び跳ねる。


 5階層は開けた空間である。

 それに魔物が出ないように結界も張られている。面積で言えば東京ドーム10個分はあるらしい。俺は東京ドームに行ったことがないから東京ドームを物差しにされても広さの実感はわかない。

 ほとんどの探索者は宿屋に泊まらない。

 5階でテントを張って野宿をしている。色とりどりのテントが100近くも張られていた。5階と10階を拠点にして魔物を倒す人が多いらしい。


 5階の中心にドンと建っているのが宿屋である。


「す、すごい。すごすぎるぜ」

 と宿屋の建築物を見て、佐伯さんが叫んた。

「これは千と千○の神隠しですか? 湯婆婆が経営しているんですか?」


 たしかにジブリで出て来そうな建物である。

 日本建築の最高峰を集めて作られた建築物。ダンジョンで採れた材料だけを使っているらしい。5階と10階の宿屋は世界遺産にも登録されていた。


「湯婆婆が経営してるわけがねぇーだろう」


「こんなところ誰が泊まりますねん」

 と佐伯さん。


「いつも満室らしいぞ。金持ちが探索者を雇ってココまで来るみたい」


「ちょっと待って。一泊いくらよ?」

 と佐伯さん。


「300万ぐらい」

 と俺が言う。

 たぶん、それぐらいだったと思う。


「やっぱりやめよう」

 と佐伯さん。


「なんで? 泊まりたいって言ってたじゃん」

 と俺が言う。


「私達が泊まるようなところじゃないって。地面で歯を食いしばって寝よう」


「いいよ。5階と10階だけ布団の中で眠ったらいいじゃん」


「ごめんなさい。私そんなに高いと知らなかったの」

 と泣きそうな顔の佐伯さんを引っ張って宿屋に入る。


「いらっしゃいませ」

 と着物を着た中居さんが、俺の顔を見た。

 40代ぐらいの女性で、昔から宿屋で働いてくれている人である。ちなみに元探索者である。

「若旦那様。今日はどうなされましたか?」


「連れが宿屋に泊まりたいって言うんです。空いている部屋はありますか?」

 と俺は尋ねた。


「少々お待ちください」

 中居さんがチラっと佐伯さんの事を見て、めちゃくちゃ笑顔で去って行った。


「……若旦那様」

 と佐伯さんが呟く。


「父親が経営している」と俺が言う。


「……そうだよね。このダンジョン自体が魔王君の実家の敷地だもんね。ってことは、料金の方は大丈夫なんですか?」


「大丈夫だよ」と俺が言う。


 やったー、と小声で彼女が言った。

「300万の宿屋に泊まれるぞ」


 宿屋に泊まるだけなのに佐伯さんがめちゃくちゃ喜んでいる。


「こんな高い店に来たことがないよ。中もマジでジブリだよ。部屋はどうなってるのかな? ご飯って何が出るのかな?」

 佐伯さんはそう言ってハンディーカメラで内装を撮っていた。


 中居さんが戻って来る。

「一部屋なら空けられますよ」

 と彼女が言う。


 俺は佐伯さんを見た。

「やめようか?」

 と俺は尋ねた。


「なんで?」と佐伯さん。

「泊まるに決まってんじゃん」


「一部屋しか無いんだよ?」


「野宿するよりマシ。つーか野宿なら一部屋とか関係なく、アータの隣で寝ることになるし」


「俺だけ野宿しようか?」


「私だけで、こんな高い宿屋に泊まれる訳ないでしょ。堪忍してくれよ」


「それじゃあ今日は2人で泊まります」

 と俺は中居さんに言った。


 それじゃあコチラヘ、と中居さんに案内されて彼女の後ろを付いて行く。

 ロビーを通る時、スタッフのみんながコチラを見てニコリと笑った。

 佐伯さんがいるから気恥ずかしい。


「若旦那様と同じ学校の人ですか?」

 と中居さんが尋ねた。


「あっ、はい」

 と佐伯さんが言う。


「若旦那様が、こんなに綺麗な人を連れて来るとは思ってもみませんでした」

 クスクスと中居さんが笑う。


「綺麗なだけです。見た目だけで中身はございません」

 と佐伯さんが言う。


「あんまり美人が言わんセリフだな」

 と俺は言った。


 中居さんがクスクス笑っている。

「私は若旦那様に恋人ができて嬉しいのです」


「恋人じゃないっすよ」

 と俺が言う。


「まだ恋人になる前ですか?」

 と中居さん。


 なるかどうかはわからないけど、「なる前です」と俺が言う。


 佐伯さんが顔を真っ赤にして下を向いた。





□□□□□□


【バズらにゃ死ぬでお馴染み佐伯の探索チャンネル、配信中のコメント欄】



『俺の佐伯さんがーーーーー』


『俺の佐伯さんが』


『若旦那キターーー』


『俺の佐伯さんがーーーー』


『アタおか女についに恋人ができるのか?』


『付き合いてぇーー』


『顔だけは綺麗』


『顔はS。性格はやべぇー奴』


『顔だけ。こんな女と付き合いたくねぇわ』


『ついに佐伯さんにも恋人が?』


『若旦那は300万円の宿屋も泊まれるのか』


『まだ付き合ってない。俺にも希望あり』


『恋人になる前です』


『このチャンネルってカップルチャンネルだったっけ?』


『魔王君のスペック。ラストダンジョンの御曹司。俺TUEEEEE。ツッコミキャラ』


『無駄にスペック高いツッコミキャラwww』


『初夜』


『このまま配信したらBAN決定』


『BANしてもいいから初夜は配信してくれーーーー』


『キスまでなら配信OK』


『全部配信OK』 

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