第2話 ラストダンジョンが俺の家な件
「どうもどうも、バズらにゃ死ぬでお馴染みの佐伯さんだよ」
と彼女が言って、俺の目の前に現れた。
ラストダンジョンの入り口。つまり俺の実家の入り口である。もうすでにラストダンジョンに入るために人が並んでいた。
「魔王君、ちゃんと制服で来てくれたんだねウフン」
と佐伯さんが言った。
俺は制服で来るように佐伯さんに言われていた。
佐伯さんもセーラー服である。
2人とも制服姿で大きなリュックを背負っている。
「外で同じ学校の制服で会うって、なんかカップルっぽいね。記念に写真撮っとく? 私のスマホは生配信中だから魔王君のスマホ貸して。はい、ポケットの中を探らせてもらいます。パシャ。これが私達の記念写真だね」
なんの記念写真だよ。
つーか人のスマホを勝手にポケットから取るなよ。
「朝からテンション高いね」と俺は言った。
「朝は低血圧でテンションがダダ下がりなんだよ。やってられんわ。昼にかけてテンションを上げていくので宜しくお願いします」
「テンションは十分だと思うよ」
と俺は言う。
「それに、なんで制服なんだよ?」
と俺は尋ねた。
「だって制服の方がバズりそうじゃん」
と佐伯さんが言った。
彼女はバズらないと死ぬ人なのだ。
「なにそれ?」と俺は彼女のスマホを指差した。
スマホが特殊な機械で、胸の上あたりに付けられている。
「だから生配信を撮ってるんだって」
と彼女が言う。
「ちなみにスマホに装着しているこの機械のおかげで、どれだけ揺れても、どれだけ動いても、ブレません」
佐伯さんが長州小力のパラパラダンスを踊り始めた。
「わかったから奇妙な踊りをするなよ。人が見てるだろう」
「魔王君、生配信を見てくれている視聴者さんに自己紹介どうぞ」
「自己紹介って言われても」
「自己紹介もできねぇーのかよ」
と佐伯さんがキレる。
なんで俺キレられているの?
「魔王英雄です」と俺は恐る恐る自己紹介する。「実家はラストダンジョンの……」
「うるせぇー。自己紹介してんじゃねえー」
と佐伯さんがキレる。
「理不尽だ」と俺は思ったことを口にする。
「コチラ、同じクラスの魔王君。みんな気軽にアゴ男って呼んであげてね」
と佐伯さんが配信を見ている視聴者に俺を紹介する。
「アゴ男って呼ぶんじゃねぇーぞ」と俺は言う。
「実家はラストダンジョンにあるよ。今からお付き合いしている彼女として挨拶に行くよ」
「なんで、そんな嘘を付くんだよ。付き合ってねぇーし。それどころか、ちょっと前に初めて喋ったばっかりじゃん」
「こんな嘘をつく私自身がちゅき」と佐伯さん。
「このスマホは生配信用。それからこのカメラは撮影用」
ハンディーカメラを彼女は持っていた。
「これも手ぶれ補正が付いているんだよ。こんな踊りをしても手ブレなし」
急に彼女は『ダンシングヒーロー』の曲を歌って、ちょっと前に流行っていたバブリーダンスを踊り始めた。
「恥ずかしいからやめてくれ」
「ダンカメ、マジで凄いわ」
と彼女が言う。
ダンカメというのはダンジョンカメラのことである。手ぶれ補正がついていて防御力が高いカメラのことである。
「ダンカメとスマホを充電しなくちゃいけないから4時間ぐらいで休憩ね。頼むぜ相棒」
と佐伯さんが言った。
「そんな休憩してられるかよ」
と俺は言った。
「やだぁーーーー。絶対に休憩してくだちぃ。ボス。そうじゃないと充電が無くなって、皆様に配信がお送りできないのです。ボスボスボスボスボス」
「ボスボスうるせぇよ」
「ボス」
「はぁ」
と俺は溜息をついた。
「ボスボスボスボスボスボスボス、スススボスススボ、スボスボスボ」
「だからうるさいって」
彼女がいると周りにいる人達から視線を集めてしまう。
遠くから見ている時は面白い子だな、と思っていたけど、連れになると恥ずかしい。
「オーピーアイ。オーピーアイ。大きな声でおっぱいわっしょい。ボス」
恥ずぃ。急に変な歌を挟んでくるんじゃねぇーよ。
承認しないかぎり永遠に続くのかな?
「わかったよ」
と俺は言った。
負けたのだ。
別に実家に帰るだけだから急ぐ訳でもない。4時間に1度休憩をしよう。
「ありがとうございまする」
佐伯さんが敬礼した。
こんな奴を実家に連れて帰っていいんだろうか? お母さんとお父さんが驚かないかな? 妹にも影響が出そうな気がする。
「それで魔王君、荷物はいっぱい持って来ているみたいだけどアルテマウエポンは?」
「アルテマエ……なに?」
と俺が尋ねた。
「さてはお主、ファイナルファンタジーやっておらぬな? 最強の武器ですぞ」
と佐伯さんが言った。
「オメガウェポンじゃないの?」
「お主ファイナルファンタジーの13が好きな口ですな。ちな私は全部やってる。っで、っで、魔王君のオメポンを見せてくだちぃ」
「武器は持ってない」
と俺は言った。
武器は持っていないけど俺の体にはラグナロクというネックレスが入っている。父親が俺に飲ませたのだ。俺が探索者に殺されて体がダンジョンに吸収されればドロップされることになっている。
「なんでなんで? ラストダンジョンに入るんだよ? 死ぬつもり?」
と佐伯さん。
「実家に帰るだけなのに武器はいらねぇーだろう。それにラストダンジョンって言っても俺ん家の敷地内だし」
「えっーーーーーー! それは驚きの情報であります。実家が深層にあるだけじゃなく、ダンジョン全ての土地が魔王君の家だったなんて。恐縮です。私、読み売らず記者の者です。つまりダンジョン自体が魔王君の実家ってことで宜しいんでしょうか?」
「……そうなるわな」
と俺は言った。
「実家に大行列出来ている気分はどうですか?」
「どうもしねぇーよ。こんな大量に人が出入りしても今まで誰も家がある深層に来た奴はいねぇーし」
と俺が言う。
俺が生まれてからは一度も探索者は来たことがない。
「そこに私が踏み込むわけですな。バズる。これはバズる予感しかしないわ。来てよかった。こんな社会のゴミと関わっていて良かった」
と彼女は天を仰いだ。
「さり気なく悪口を言ってるな」
と俺が言う。
「つーか、佐伯さんこそ武器持ってないじゃん」
「私の人生の武器はコレ」
と彼女が言って、ハンディーカメラを指差す。
「さようか」
と俺は言った。
「マジで武器を持ってないの? 魔物が出て来た時は、どうするの? ちゃんと私を守れるの? つーか魔物も魔王君からしたらペットみたいなもん?」
と佐伯さんが尋ねた。
「ペットにできるのは知性がある魔物だけだぞ。普通の魔物は俺でも襲われるぞ」
と俺が言った。
「それじゃあヤバいじゃん。ちゃんと私を守ってよ。少しでも傷ついたら責任取ってもらいますからね」
と佐伯さんが言った。
「傷物になったら結婚してやるよ」
と俺が言う。
佐伯さんは口から唾をブシューーーと吹き出した。
「俺、変なことを言ったか?」
責任って言えば結婚のことだろう?
「別にいい」と佐伯さんが顔を真っ赤にして言った。
「自分の身は自分で守るわい」
「俺が守ってやるよ」
と俺は言って木の棒を拾った。
「それは、もしかしてレベル999999の木の棒ですか? お兄さん」
「ただの木の棒です」と俺が言う。
「それが君の最強の武器ですか?」
「ただの木の棒です」
「ドキューン。最強の武器は木の棒だった」
「だから、ただの木の棒だって」
と俺が言う。
そして俺は列に並ぶために歩き始めた。
「みんなとは別の入り口があるの?」と佐伯さんが尋ねた。
「ねぇーよ」と俺が言う。
「実家なのに列に並ぶの?」
「仕方ないだろう。入り口はココしか無いんだから」
と俺が言う。
「えーーーっ! 衝撃でございます。大スクープであります。実家に帰るために、この行列に魔王君は並んでいるのであります」
そう言って彼女は俺にカメラを向けた。
俺達は列の一番後ろに並んだ。
俺達の前の探索者達がコチラをチラチラと見ている。3人パーティ。女1人に男2人。
3人とも防具はバッチリだった。それに大きなバックパックを背負っている。
「ねぇねぇ」
と佐伯さんが小さい声で尋ねて来た。
「前の3人って、ラストダンジョンの深層に一番近いって言われている有名な『紅』っていうパーティじゃない?」
「知らん」
と俺が言う。
「私のことをチラチラ見てるんだけど、もしかして私のこと知ってるのかな?」
「知らん」
と俺が言う。
「君達」と大剣を持った男が、俺達に喋りかけた。
「制服でラストダンジョンに入ったら怪我じゃすまないよ」
「そうよ」と女の人が言った。彼女は魔法のステッキを握っている。魔法のステッキはスキルを増加させるためのアイテムである。魔法系のスキルを持っているのだろう。
「観光のつもりか知らないけど、5階にある宿屋に行くだけでも死ぬわよ」
「君達みたいな者が入るような場所じゃない」
と2つの刀を腰に差した男が喋った。
「今、私達はめっちゃ怒られております」と佐伯さんが言う。
「彼等は一体何者なのでしょうか? もしかして、あの有名な紅なのでしょうか? 情報を求めます」
スマホの配信画面に向かって彼女が喋っている。
怒られている人が、怒られていることを実況するな、と俺は思う。
「家に帰ってゲームでもしときなさい」
と大剣を背負った男が言った。
「実家に帰るために並んでいるんです」と俺が言う。
「何を言ってんだ君は……」
と大剣を背負った男が怪訝そうな顔をした。
3人の入場の順番がやって来る。
入場料は1人10万で、女の人が30万をまとめて受付のオッさんに渡した。
そして俺達の番がやって来た。
「若旦那様、おかえりなさいませ」
受付のバーコード頭のオッさんが頭を下げた。
「今日は友達も連れて来てます」
と俺が言う。
「チーーッス」
と佐伯さんが挨拶。
「私も入場料を取られるの?」
と佐伯さんが尋ねた。
「結構です」
と受付のオッさんが言った。
「良かったぁぁ。10万はマジで厳しいと思ってたんだよね」
前に並んでいた3人組のパーティがコチラを見ていた。
「コメント欄に書いてあるけど、あの3人は紅じゃないって。ただの冒険者だって。しょーもな」
と彼女は胸につけていたスマホを覗き込みながら言った。
そもそも紅って誰だよ?
もう3人は俺達に喋りかけて来なかった。
決して悪い人達というわけじゃない。彼等は警告してくれただけである。むしろ良い人達だった。
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