バズりたい超美少女配信者の佐伯さんと無自覚最強の魔王君 〜ラストダンジョンが俺の家な件〜

お小遣い月3万

第1話 バズらにゃ死ぬでお馴染み佐伯さんだよ

「バズらにゃ死ぬでお馴染み佐伯さえきさんだよ」

 ピンク髪のクラスメイトの女の子が言った。

 佐伯人気さえきにんきである。

 10万人の登録者がいる配信者で、その名前の通りクラスでも人気者だった。言動はヤバい奴だけど、とてつもない美少女ではある。目はクリッと二重で、いつでも笑顔だ。彼女の美しさは枯れている花も蘇るぐらいだった。

 そんな佐伯さんが俺に喋りかけてきた。

 なんで俺に? 


 教室の中で俺はいつも1人だった。

 友達を作るために、ダンジョン配信者の話をしていた男子生徒に喋りかけたこともあった。俺の実家がダンジョンの深層にあるので話が合うと思ったのだ。だけど俺がダンジョンの話をすると、みんな顔を引きつらせた。明らかに恐怖を抱いているようだった。


 入学してから俺は教室に馴染めずにいた。

 もう衣替えも終わり、夏服になっている。

 教室の中は冷房の風が吹き、外は太陽の光が降り注いでいる。

 友達がほしくてほしくてたまらなかった。

 高校に入学するため俺は実家があるラストダンジョンの深層から出て来た。その時は夢と希望に溢れていた。友達100人できるかな? そう思いながらウキウキしながら学校に入学したのだ。

 だけど入学してから3ヶ月以上も経つのに友達はおろか、気軽に喋りかける相手もいなかった。

 そんな俺にクラスの人気者である佐伯さんが喋りかけてきたのだ。


「もう少しで夏休みだよ」

 と彼女が言った。


 それは知っている。


「みなまで言うな。みなまで言うな」

 と彼女が俺の口を人差し指で防いで喋らせないようにした。

 あっけに取られすぎて何も言葉が出なかった。


魔王英雄まおうひでお君は夏休みには実家に帰ろうとしている。そうだね?」


 魔王なのか英雄なのかどっちやねん、と関西弁でツッコミたくなるような名前こそが俺の名前である。


 俺の実家は高校から遠い。だから実家から離れて下宿に住んでいた。遊ぶ友達もいないので夏休みは実家に帰るつもりだった。


 ポクリ、と俺は頷いた。


「魔王君の家は、……英雄君と言うべきか? それとも、魔王か英雄かどっちやねん君と言うべきか? そんな事どっちでもええわ君というべきか? それともあだ名でアゴ男と言うべきか? 君はラストダンジョンの深層にある実家に帰ろうとしているんだね?」


「俺ってあだ名がアゴ男なのか? アゴなんて出てないけど」

 と俺は言った。

 普通に喋ることに成功した。


「そんなこと、どうでもいいのだよチリチリ頭君」


「俺チリチリ頭でもねぇーよ」

 と俺はツッコんだ。


 俺はアゴも出てなければチリチリ頭でもない。だけど父親譲りの怖い顔をしている。そのせいで教職員からはヤンキー認定をされ、ヤンキー達からは喧嘩を売られた。

 教室を見渡すと心配そうにクラスメイトがコチラを見ている。佐伯さんのことを心配しているんだと思う。


「私が聞きたいのはね、君が実家に帰るのか否かってことなんだよ」


「帰るけど」

 と俺は言った。


「やったーーーーーー。よしバズるぜ。バズるぜよ。おっかさ〜ん。これで当分の家族の飯代を稼ぐぜよ。おっとさ〜ん」


 この子は何を言っているんだろうか?


「それじゃあ私も実家に付いて行くね」

 と彼女が言う。


「いや……」

 と俺が否定しようとした。

 なんで俺の実家に?

 それは嬉しいけど急接近すぎる。

 ダンジョンの深層育ちのコミュ力では、その急接近には耐えられない。


「恋人として、彼氏の家に挨拶に行くのは当然じゃん」

 と彼女が笑顔で言った。


「今、初めて喋ったよね?」

 と俺は尋ねた。


「3年も付き合った彼女に対して、そんな事を言うの? シクシク。涙がちょちょぎれます。みなさん、アタイの彼氏はん、こんな事を言う酷い男ですねん」


「ちょっと、ごめん。本当に何を言ってるかわかんない」

 と俺が言う。


「引いてるね。超引いてるね。恋人発言は嘘。嘘中の嘘。大嘘。私とアゴ男は付き合っておりませーん」


「アゴ男って呼ばないでくれるかな?」


「それで私がバズりたいから君の実家に付いて行こうと思っているんだけど、いい? いいよね? 絶対にいいよ。ありがとう」


 ヤバい。地上の人との会話の流れに付いていけない。

 どうしたらいいんだろう?


「無理」

 と俺は言ってしまった。

 これは友達を作るチャンスなのに、会話に付いていけるか不安で無理と言ってしまった。

 本当は、そこまで拒絶している訳ではない。


「バズらにゃ死ぬでお馴染み佐伯さんだよ」

 と彼女が悲しそうに言った。

「お父さんの会社が倒産。お母さんはアル中。家計を支えているのは私。バズらにゃ死ぬでお馴染みの佐伯さんだよ」


「バズらにゃ死ぬでお馴染み、ってフレーズがえらい物悲しく聞こえるな」

 と俺は思った感想を言った。


「君みたいに、人を脅せば何でも手に入る超絶ヤンキーにはわからないと思うけど、こっちは生きるのに必死なんだよ」


 聞き捨てならない事を俺は言われている。

「誰がヤンキーだよ。俺は誰も脅さねぇーよ」

 と俺が否定する。


 ヒッ、と遠くの席から女の子の小さい悲鳴が聞こえた。

 俺が強い口調で言葉を発すると怖いらしい。だからヤンキーであることを今まで払拭できなかった。


「ヤンキーってお主に決まってるじゃない」

 と佐伯さんが言って、俺を指差した。

 その指が、俺の頬にめり込んでいる。


「指が近すぎて、頬に刺さっている」

 と俺が言う


「君はヤンキー中のヤンキーなんだよ。誰が何をツッコんでんだよ。入学式の日に柔道全国大会優勝の先輩を軽々と倒し、その日のうちに不良生徒を全て倒してお金を巻き上げる。それが問題になって1ヶ月の停学処分」


「仕方がねぇーだろう。向こうから攻撃して来たんだから。……それに倒したらドロップアイテムは回収するだろう」

 と俺は言った。


 相手にも非があるので退学にはならなかった。でも1ヶ月後に学校に来てみれば『誰コイツ?』みたいな状態になっているし、みんなから怖がられているし、俺の夢の学校生活は終わっていた。


「ポケットに入っている財布のことをドロップアイテムって言わないんですよ。アゴ男さんよ」

 と佐伯さんが言った。


「アゴ男って呼ぶんじゃねぇ」

 と俺が言う。


「アタイだって君と喋るのが怖くて、膝がガクガクに震えているんだから」

 と佐伯さんが言った。


 俺は彼女の膝を見る。

 震えているってもんじゃない。

 すごい足さばきで、ステップを刻んでいる。


「震えて、この状態なら佐伯さんはダンスの才能しかねぇーよ」

 と俺が言う。


「そうだよ。困ったことに私はダンスの才能しか無いんだよ」

 と佐伯さん。


「私のダンスではバズらないんだよ。世間はそんなに甘くないんだよ。世間はビターでございます。だから魔王君の家に付いて行ってもよかとですか? よかとですよ。ありがとうございまするぅ」


「……俺ん家に来ても別にバズらないよ。だって普通の家だし」


「いやいやいやいや」

 と彼女が首を横に振る。

「バズりますがな。普通やおまへんで」

 と関西弁で佐伯さんが言ってくる。

「ラストダンジョンの深層に住んでいる人間は世界を探しても君の家だけなんだよ。魔王君」


「でも普通だって、本当に。家が深層にあるだけなんだって」

 と俺が言う。


「おなしゃーす。私を実家に連れてってください」

 と彼女が土下座をする。


「カジサックみたいに言うなよ」

 と俺は言った。


「バズりたいんです。飢えで苦しんでる弟達がいるんです。この夏頑張って登録者数を100万人にしたいんです。ダンジョン配信者のキラキラ姫子みたいになりたいんです」


「……」

 俺は頭のおかしい美少女に言われて迷った。

 友達がほしい。

 人気者の彼女と友達になれば、他の奴とも友達になれるかも?


「実家に連れて行ってくれなきゃ魔王君のありもしない噂を流す覚悟は出来ています。女の子達を脅して強制的に売春させているだとか、学校で薬を売買しているとか、そんなありもしない噂を流す覚悟は出来ています」


「そんな覚悟してんじゃねぇーよ」

 と俺は強めにツッコんだ。


 ヒッ、と遠くの席から女の子の悲鳴が聞こえた。

 俺、強めのツッコミもビビられるんですか?

 

「私、絶対にバズらないといけないんです。みんなからチヤホヤされたいんです。魔王君の実家に連れて行ってくれなきゃ鼻にワサビを入れたり、からしを入れたりする動画を出さなくちゃいけないんです。もう駅前に立ってエッチなことをしなくちゃいけないんです。そして炎上しちゃうんです。炎上して心身的にやられて疲弊して動画も上げられなくなって、弟達は飢えに苦しんで死んでしまうんです。全て魔王君のせいです」


「俺のせいにするな。炎上するぐらいなら自分の行動ぐらい自制しろよ」と俺は言った。


「自制できないのが私なんです。絶対に炎上することをやっちゃいます」


「つーか土下座を止めろよ。みんな見てるだろう」

 と俺が言った。


「土下座をやめさせたいんだったら、実家に連れていってくだちぃ」


 くだちぃ、って何だよ。

 俺の実家に付いて来て、そこまでバズるのか?


「……まぁ、別にいいけど」

 と俺は言った。

 彼女と友達になる。そしたら他の奴とも友達になれるかも。

 そんな打算があった。


「それじゃあ私が実家に付いて行っていい、ってことで宜しいでしょうか? 宜しいですね。宜しいです。やったーーーー。いつ行く? もう夏休みなんて待っとれん。明日から行こう」


 頭のおかしい美少女配信者が実家に付いて来ることになった。

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