第12話「Correct《正解》」

 新作パンはどうしようか。

 ありがちな物でも私が普段焼かない物なら新作として出しても構わないとは思いはするが、やっぱり目新しさも少しは欲しいよな。


 開店前のパン焼きを進めながらぼんやり考えていたら、からんころんとドアベルが鳴った。


「おはよーございます!」

「おはようございますカオルさん」


 開店二十分前、今朝は余裕を持っての出勤だ。

 けれど、いつもの華が咲くような笑顔に曇りが……?


 着替えと店前の掃除を手早く済ませたカオルさんにさりげなく聞いてみる。


「どうかしたんですか?」

「え? あたしですか? ……あ、顔に出ちゃってました?」


 そこらの人には分からないだろうが、カオルさんを見詰めることにかけて私の右に出る者はいない。

 どうやら朝から少し疲れているようだ。


「顔に出てるって程ではないですけど、ちょっと疲れてるのかな、と」

「あぁ、そうかも。朝から怒り疲れちゃったかな」


 カオルさんは野々花さんと二人暮らし。カオルさんが怒った対象は野々花さんなのだろう。


「この間の件ですか?」


 この間の件――学童サボってここに来たこと――がきっかけなのだろうと思い口に出したが少し違うらしい。


「それもあると言えばある――んだけど、その続きって言うか……」


 少し俯き言い淀んだカオルさんだったが、この場合私はどうするべきだろう?

 大事な従業員とは言え他所様よそさまの家庭のこと。

 さらに初めての従業員だ。どうすべきかよく分からない。


 『と言いますと?』なんて簡単に聞いて良いものなのか?


 わ――分からん……

 で育っていない私には……


「ほら、今日ってじゃないですか」


 苦悩する私に比べ、いたっていつも通りにカオルさんが続けた。悩む必要はなかったか……。


「え、ええ、確かに土曜日ですが――」

「野々花のやつ学童行かないって駄々こねるもんだから」


 あぁ、そうか。土曜日も学校はお休みか。


「こないだここに来たでしょ? その次の日からはなんとか行ってくれてたんですけどね、今日はどうしても行かないって……」


 平日ならなんとか行けるが、土曜日だけは行きたくないということか?


 私は学童なんてのに行く様な人生を送っちゃいないが知識としてはある。放課後に色んな学年が一つところに集められて過ごすところだよな?


 四年生ともなると、あまり同学年がいないとか?


「野々花って子供好きなの。だから一年生のお世話したりで楽しそうにやってたんだけどなぁ」


 なら違うか――……あっ。


「もしかして……イジメ……とか」

「イジメ〜? 野々花に限ってそんな事しませんよぉ!」


「いやいや、野々花さんがするとは僕も思いませんよ。される側、ですよ」


 ん〜〜? と顎に手をやり首を捻るカオルさん。可愛い。


 そして再び鳴るドアベル。朝イチのお客さん、千地球のママかな。


「――あっ、いらっしゃいませおはようございまーす!」


「ゲンちゃ――げふんっ! げふっ! ごほんうほ……わりぃ、せちまった」


 もう諦めた方が良さそうか? うほうほばっか言ってんじゃねえか。


「――ゲンゾウ、だ」


 そんな事をのたまいながら入って来たのは予想に反し喜多。

 あ、いや、千地球のママも喜多に腕を絡めた姿で後に続いた。


「ママさん、いらっしゃいませー!」

「おっはよ〜カオルちゃーん♪」


 どうやらママはご機嫌らしい。けれどきちんと言っておかなきゃな。


「朝っぱらからウチを逢引きの場に使うのは勘弁してくださいよ」


「ばっ――バカやろう! 俺らはそんなんじゃねぇ! だいたい俺は千地球も常連、マスターとも超仲良しだっつうの!」


 なんだ、そうか。マスター公認か。

 ならまぁ、良いか。


 ……良いのか?

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