第11話「Drunk《酔っ払い》」

 『またいつでも相談のってやるからな』


 杭全くまた親子の帰り際、喜多が野々花さんに意味深な言葉を投げ掛けたが、私とカオルさんは要領を得ずに首を捻った。


 当の野々花さんは嬉しそうに頷いて、元気に手を振り帰っていった。



「おい喜多、オマエ――」

「早くしろよゲンちゃん。閉店準備と仕込みしなきゃ終われねえんだろ」


 ぬ、確かに正論だ。


 ドアに、Close /売り切れ、と書かれた木札を掛け、明日の焼き上がり予定時間がざっくり書かれた黒板を店内にしまう。

 少し丸っこいカオルさんの字がとても可愛らしい。


「じゃあ七時にまた来るからよ。ちゃちゃっとやっつけとけよゲンちゃん」

「いや七時はきつい。それにゲンちゃんは止めろ。今日もうほうほ言ってたじゃねえ――」


 言いながら振り向くとすでに喜多の姿はなかった。

 ……まぁ良い。あとで言う。


 しかし七時まで二時間もない。

 喜多なんて待たせとけば良いと言えば良いんだが――


『オマエの本職は殺し屋であってパン屋じゃねえんだぞ』


 ――なんて言われるのが目に見える。

 少々シャクだが喜多の言う通りちゃっちゃと済ますか。


 明朝に回せる仕込みは放っておいて……、うん、まぁ、早起きは確定だな。






「お疲れー! かんぱーい!」


 ごそごそと私の部屋の冷蔵庫に買ってきた物をしまった喜多が振り向いて言った。なんにせよ乾杯が速すぎる。私の手にビールが来てない。


 そしてビールを一本喜多から受け取った。


 を始めるものと思ったが、喜多は畳に尻を下ろしたそばからビールのフタを開けやがった。


「おい。仕事の話は良いのか?」

 と言いつつ私もぷしゅっとビールを開ける。


「んあ? 仕事? あぁ、今日はちげえよ」

「ならなんの用だ?」

「ゲンちゃんと呑みたくなっただけだよ。悪いかよ?」


 ごく稀に打ち合わせ以外で来ることはあるが、それにしたってなんの用もないのは珍しい。


 私のような殺しを生業とする者とを繋ぐのが喜多の仕事。

 依頼人との接触、殺しの下調べ、殺しの段取りなどなど。喜多の仕事は多岐に渡るが、の体調確認も含まれる。


 身体を壊すやつ、精神を壊すやつ、色々いるらしいからな。

 けれど今日はそれでさえないらしい。じゃあ、まぁ、とりあえず呑むか。


「ほれ喜多。乾杯」

「おう、お疲れゲンちゃん」


 かちん、と缶を当て、珍しく喜多が一気に呷る。ごっふごっふと飲んで少し咽せて口を拭った。


「げほっ、ごほっうほ――美味うめえ!」


 あまり酒に強くない喜多、いつもなら一本をちびちびやる程度。どうにも調子が狂うな。

 

「おい喜多。何かあったのか?」

「なんもねぇよぉ〜。ただここんとこ忙しくってよ、久しぶりに飲んだら美味かっただけだって」


「なら良いが……。私は明日も早起きだ、酔って潰れても面倒見れないぞ」

「へーき、へーき。俺の心配はいらねえよーん」


 オマエの心配というかだ、俺の早起きの心配なんだがな。

 仕込みは中途半端だし、毎夜のルーティンもまだだし、はた迷惑な奴だ。


「それでなんだ、なにがそんな忙しいんだ? 組織絡みか?」

「ま〜……――どっちもなんだよ。組織も、どっちもバタついちまってよぉ」


 裏の顔と表の顔、殺し屋とパン屋の二足の草鞋な私と同様、喜多にも表の顔がある。

 それが不動産屋。

 生意気にもこいつ、宅地建物取引士――通称『宅建たっけん』なんてモノも持ってやがるんだ。


「まぁそんなこんなでさ、ゲンちゃんに頼む仕事もしばらく無いと思うぜ。せいぜいパン屋に精出してくれよ」


 ほう、そうか。

 今は七月中旬、これからもっと暑くなる。

 どうしたってパン屋は夏が閑散期だが、逆に良いかも知れないな。

 新作パンでも考えてみようかと思ってたんだ。


 ……そんで、まぁ、やけに陽気にペラペラ喋っちゃき立てられる様にビール飲んで、案の定で酔い潰れた酔っ払いが一人出来上がりだ。


 私もとっとと寝よう。

 今夜のルーティンはシャワーを浴びながらだな。

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