第13話「None《無え》」

 食パン二斤にバゲット二本、ロールパン二十個、さらにコッペパンが十本。そしてママとマスターのオヤツに甘いパン。


 千地球が休みの月曜以外は毎日買いに来てくれる、実にありがたい常連さんだ。

 ちなみにウチの定休日も月曜だが、実は千地球の定休日に合わせただけなんだ。


「ありがとカオルちゃん」

「いえいえ、毎度ありがとうございます」


 早めに焼いたがまだほんのりぬくいパン。カオルさんの手で、密閉しない様に気を付けて袋詰めされたパン達が千地球のママへと手渡された。


 それを機に、先程の喜多の言葉の続きを促す。


「それで? とはなんのことだ?」

「おう、それよそれ」


 喜多が正解の続きを話そうとはするのだが、からんころんとドアベルが鳴っては来客を示すもんだからさすがに一旦諦めた。


 しかし話題が話題だ。

 店が暇になるまで放置という訳にもいかないから、喜多に私の予備のコックジャケットを羽織らせて、千地球のママには後ほど報告に行く事を約束して帰ってもらった。


「……なんで俺がパン屋の厨房に入んなきゃなんだよゲンちゃ――げふっ――」

は良いから続きを話せ」


 私だっていつまでもパンの成形を放っておく訳にもいかない。土日は平日とは来客のタイミングが掴みにくいからな、コレが一番効率が良い筈だ。


「俺が個人的に調べたところによるとだな」

「おう、続けてくれ」


 開店前に午前分の食パンは全て焼き上がっている。

 そして同じくオーバーナイト法を経たフランスパン用の生地。それぞれ二次発酵まで済んだところだ。

 喜多お気に入りのベーコンエピ辺り、バゲットやブールなんかを進めていこう。


 縦型ミキサーコロちゃんに次の粉を入れスイッチオン、そうしておいてから成形だ。


「学童の先生に直接聞いたんだが――」

「おい喜多。お前それなんて言って聞いたんだ?」


「は? そんなん決まってるじゃねえの。『杭全くまた 野々花ののかの母の友人ですが、野々花についてお伺いしたい』っつって聞いたよ」


 ……大丈夫なのか学童の先生よ。ハンサムだからってペラペラ喋っちゃいけねえぞ。


「で、まぁ聞いた結果はなんにも教えてくれなかったんだけどな。個人情報だとかつってよ、めんどくせぇ時代になったもんだぜ」


 いや、まぁ当然だろう。ホッとしたってのが本音だ。


「しょうがねえからよ、学童から帰ってく子供ら何人かに聞いた訳よ。『学童でイジメみてえのあるか?』ってな」


「あったのか?」

「ねえ」


「――は?」

「いや、だからえのよイジメは」


「じゃ何が正解だってんだ?」

「ありゃイジメなんてもんじゃねえが、野々花が嫌がってるのは間違いなさそうだからな。イジメっつっても良いかもなってよ」


 どうにも要領を得ないな。

 首を捻りながらも手は止めず、バゲットにはクープを入れ、エピにはハサミでちょんちょんちょんと切れ込みを入れ、指でつまんでくいっくいっと左右に捻る。


「へぇ。ベーコンエピのそこんとこってそんな感じでやってんだな。初めて見たぜ」

「あまり見る機会はないだろう。思い切って深めにハサミを入れるのがコツだな」


 家庭のパン焼きならここで霧吹き使って水を吹きかけるんだが、業務用オーブンにそんなもの必要ない。スチーム機能なんてのがある。


 搬入搬出が大変なオーブンだけは居抜きの形でここを買ったんだが、ここで前にやってたパン屋がなかなか良いオーブンを入れてたものだから助かってる。

 天板二枚挿しの三段、サイズ的にもちょうどいい。


 縦型ミキサーコロちゃんと対を成す、我がロケットベーカリー自慢の設備だ。

 と言ってもオーブンのないパン屋なんてものはあり得ないがな。


 そう言えばオーブンには名前がないな。

 今度カオルさんに相談してみようか、なんて思ってはみたが、どう投げかけて良いかさっぱり思いつかない。まぁ、このままでも良いか。


 パン生地を入れて扉を閉め、焼き上げ温度と時間、それぞれセットし口を開く。


「分かる様に話せ、喜多」

「だからよ、野々花のやつ、六年の小僧に求愛されてんだよ」


 …………は? 求愛?

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