第18話 偶然の発覚(後)
「……勝巳さん、正直に答えて。これ、本当なの?」
僕は言葉を失った。
言い訳をしようと調査報告書の書面から顔を上げたとき、子どもたちの表情を見た。子どもたちの失望に満ちた目が、僕を責め立てる。
「……そう、本当なのね。」
いつまで経っても言葉を発さない僕に、恵子は力なく肩を落とす。恵子の目から涙がこぼれ落ちた。
「わたしたちの30年はなんだったの?あなたにとって、わたしとの30年はどうでもよかった?子どもたちとの生活は?ねえ、答えて?一緒に生きようって、わたしと一緒に生きたいって言ったのは、嘘だったの!?ねえ!燈の結婚を楽しみにしてるって言ったじゃない!答えて!悠人が就職したらみんなで旅行行こうって!答えてよ!子どもたちが独立したら寂しいかもって言ったら、夫婦水入らずで楽しもうって言ってくれたのは、なんだったのよ!!」
泣きながら、震える声で叫ぶ恵子に何も返せない。返す言葉がない。
「……もう、あなたと一緒に暮らしていく自信がないの」
両手で顔を覆い、さめざめと泣く恵子を見て、僕は自分のしでかしたことの重大さを理解した。
僕は、頷くしかなかった。
「別居……するよ。お金は今まで通りにするから」
なんとか絞り出した言葉。僕自信の口から別居という単語が出てくるなんて、1年前では考えられなかった。
燈が静かに立ち上がった。
「お父さん。私、もうお父さんのこと尊敬できない」
泣き続ける恵子に寄り添う燈を見て、悠人も立ち上がる。
「俺も、失望した。こんなのが父親だなんて、考えたくもない」
恵子に近づいたら、悠人が飛びかかってくるんじゃないか。そう思えるほど鬼気迫る表情に、僕は何もできなかった。
力なく席を立つ。悠人が警戒するのが感じられた。
「今から出ていくよ」
リビングダイニングを出て、自らの荷物をまとめる。当面は戻ってくることも、恵子や燈、悠人と顔を合わせることもできないだろう。そう思うと、涙がこぼれそうになる。だが、自業自得。すべては僕が一線を超えたから起こったこと。僕に泣く資格はない。
しばらくの間、仕事に行くには支障のない程度に荷物をまとめると、玄関に向かう。しかし、その足取りは重い。
玄関にたどり着き、先ほど脱いだばかりの靴を履く。ドアを開け、振り返る。恵子の泣く声と、燈の寄り添う声が聞こえる。そして、臨戦体制の悠人の姿。
「ごめんな」
かすかな声を残し、僕は家を出た。行き先はまだ決まっていない。とりあえずはビジネスホテルで雨露をしのごう。それからこれからのことを考えるのだ。
夜の街を歩きながら、僕は自問自答を繰り返していた。なぜこんなことになってしまったのか。取り返しのつかない過ちを犯してしまった自分に、嘆き悲しむ家族に、どう向き合えばよいのか。
たどり着いたビジネスホテルの部屋に入り、ベッドに腰を下ろす。奇しくも、華凛との一線を超えたホテルだ。窓の外に広がる夜景が、いつもより冷たく感じられた。プライベート用のスマートフォンを取り出すも、恵子や燈、悠人からのメッセージはない。当然だ。
明日から、ある意味新しい生活が始まる。だが、僕が望んだものではない。失ったものの大きさを、今更ながら痛感する。
目を閉じると、家族の笑顔が浮かぶ。もう二度と見ることができないだろう笑顔。
僕は深いため息をつき、明日からの不安と後悔に押しつぶされそうになりながら、眠りについた。
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