第11話 偶然の陶酔
唇が離れた瞬間、世界が一変したかのように感じた。華凛の吐息が僕の頬をかすめ、その温もりに全身が震える。頬を赤く染め、潤んだ瞳で僕を見つめる華凛の姿は、まるで絵画のように美しい。
「冴喜原さん……」
華凛の囁きが、僕の耳に優しく響く。
その声に、僕の中の何かが大きく揺らいだ。華凛の指先が僕の胸元をそっと撫でる。その一瞬で、全身に電流が走った。理性という名の糸が、一本、また一本と音を立てて切れていくのが聞こえる。
華凛の眼差しに、僕は溺れていく。深い海の底へと引き込まれるように。もはや浮上することなど考えもしない。彼女の存在が、僕の全てを呑み込んでいく。
華凛のバスローブの合わせ目がほんの少し開く。月の光に照らされた華凛の肌は、真珠のように輝いていた。細くたおやかな首筋。バスローブから顔を覗かせる小さな鎖骨。そして、今まで見たことがないほど豊満な双丘は男の獣性を包み込むように柔らかそうであり、その双丘によって形作られる谷間はとても深く、いますぐにでも顔を埋めたい衝動に駆られる。そんな光景を目にしたことで、喉がカラカラに渇いていくのを感じる。理性の最後の砦が、音を立てて崩れていくようだった。
彼女の髪が僕の肌をかすめる度に、体中の感覚が研ぎ澄まされていく。まるで、今まで見えていなかった世界の色が、一気に鮮やかになったかのようだ。華凛の存在が、僕の全てを覆い尽くしていく。
華凛の唇が再び僕に触れる。今度は首筋に。蝶の羽ばたきのような、かすかな接触。しかし、その感触が、僕の中の獣性を呼び覚ます。抑えきれない衝動が、全身を駆け巡る。
「冴喜原……さん」
彼女の声が僕の耳元で震える。その声に、何かが変わろうとしているのを感じた。僕の理性は、ギリギリのところで耐えていた。
頭の中で警告のサイレンが鳴り響く。これ以上進んだら、もう後戻りはできない。最後の一線を前にしていることがわかる。でも、その音さえ、華凛の魅力の前にすれば、遠のいてしまう。全ては夢のよう。けれど、この夢から覚めたくない。
彼女の指が僕のバスローブの帯に触れた瞬間、最後の理性の糸が切れる音がした。もう戻れない。けれど、戻りたいとも思わない。
「華凛……」
僕の声は、自分でも驚くほど掠れていた。カラカラになった喉が発した獣のような声。けれど、もはやそんなことも気にならない。
彼女は僕を見つめ、その瞳に迷いと決意が交錯するのを見た。そして、ゆっくりと口を開く。
「勝巳……さん」
その瞬間、2人の間にあった最後の壁が崩れ落ちた。華凛に名前を呼ばれた衝撃が、全身を貫く。もう何も考えられない。ただ、目の前の華凛だけが、僕の世界の全てだった。
「華凛……」
もう一度彼女の名を呼ぶ。今度は、まるで祈りを捧げるかのように。けれど、同時に獣性的な響きも含まれていた。
華凛の手が、ゆっくりと僕のバスローブの襟元に伸びる。その動きに合わせて、僕の心臓の鼓動が加速していく。まるで、初めて女性と触れ合ったときのような緊張感。だけど、そのとき以上の期待感もある。
彼女の指が再び僕の肌に触れた瞬間、電流が走ったかのように全身が震えた。もはや、理性どころか自制心すらもどこかへ飛んでいってしまった。残っているのは、ただ華凛への欲望だけ。
「華凛……華凛」
僕は彼女の名前を、まるで呪文のように繰り返す。その度に、理性が剥がれ落ちていく。残るのは、獣の本能だけ。
華凛の唇が、再び僕のものに重なる。今度のキスは、先ほどよりも深く、情熱的だった。まるで、お互いの魂を交換するかのように。
僕は自らの唇を薄く開けて舌を伸ばし、華凛の唇をゆっくりとなぞる。彼女の柔らかな唇を開いてほしいと乞い願うかのように優しく、ゆっくりと。
本能に突き動かされているが、僕は華凛を蹂躙したいのではない。彼女とともに高みに登りたいのだ。
僕の願いが伝わったのだろう。華凛は僕と同じように薄く唇を開けてくれた。暴れまわりたくなる気持ちを抑え、そっと華凛の口内に舌を入れる。すると、華凛の舌がすぐに迎えてくれた。軽いふれあいから始まり、徐々に熱を帯びていく。舌を絡めあい、唾液を交換する。
僕の手が、もはやおずおずとではなく、大胆に華凛の腰に回る。強く引き寄せると、彼女の体が僕の腕の中でわずかに震えるのを感じた。その震えが、僕の興奮をさらに掻き立てる。
呼吸が荒くなるのも構わず、お互いの舌をむさぼっていた僕たち。どちらからともなく唇を離すと、荒い呼吸のまま微笑みあった。
華凛の肌に触れたい。その思いに突き動かされた僕は、かぶっていた上掛けをどかすと華凛に仰向けになってもらう。彼女に覆い被さるよう膝立ちになると、そのまま彼女のバスローブの紐をほどいた。両手で華凛のバスローブの胸元をつかみ、ゆっくりと左右に広げていく。華凛は恥ずかしそうに顔を背けてたが、拒否はしなかった。
そして、ついに華凛の胸を露わになる。僕の人生で初めて見るほど豊かな膨らみは、柔らかさのあまり左右に広がっている。その豊かな丘の頭頂部は唇と同様に可愛らしい薄紅色をしていた。僕は、彼女の美しさに、ごくりと生唾を飲み込んだ。
「勝巳さん……」
華凛の声が、か細く震える。その声に、最後の躊躇いが消え去った。もう後戻りはできない。けれど、もはやそんなことを考える余裕すらない。
いつの間にか華凛はバスローブから腕を抜き、両腕で自らの柔丘を寄せている。彼女の呼吸に合わせて揺れ動く双丘と、作り出された深い谷間を見せられ、僕は衝動のままに顔を埋めた。本能の赴くままに、谷間を舐め、柔肌を吸い、双丘を揉む。
「……っ、あ……ああっ!か、勝巳……さ、ん」
僕の動きに合わせて嬌声をあげる華凛。僕は続けた。まるで、深い海に潜っていくかのよう。息苦しさよりも、華凛に悦んでもらえるほうが大事だった。
窓の外では雨がまだ降り続いていたが、もはやその音さえ聞こえない。僕たちの世界には、お互いの息遣いと鼓動しか存在しなかった。
華凛の肌の感触、彼女の香り、吐息の音。全てが僕の感覚を支配していく。
もう僕たちはバスローブを着ていなかった。上掛けもベッドの下に落ちている。ベッドの上には枕と、一糸纏わぬ2人だけ。仰向けのまま僕を受け止め続けた華凛は、腕を伸ばして僕を抱き寄せると、息も絶え絶えに耳元でささやく。
「勝巳さん……いい、ですよ。中に……」
華凛と一緒にベッドに入ってから、ずっと痛いくらい主張していた。華凛が時折触れるたび、どんどん血が集まっていくように感じていた。彼女のささやき声により、全身の血が集まったようだった。
自分でも華凛に何と答えたのか記憶が定かではない。僕たちの体が重なり合う。僕と華凛が一体となった瞬間、世界が眩く輝いたような気がした。腕の中で、華凛の体が弓なりに反る。小さく小刻みに震えつつ、僕から離れまいとにしがみつくよう背中に回された手に力がこもっている。僕も、華凛を離さないようしっかりと抱きしめた。
あらゆる感覚が研ぎ澄まされ、同時に全てが解けていく。時間の感覚が失われ、一秒が一年のように感じられ、同時に一時間が一瞬のように過ぎ去る。
ただ、華凛の存在だけが、鮮明に感じられた。彼女の息遣い、僕を包み込む熱さ、肌の温もり、髪の香り。全てが僕の一部となり、同時に僕が彼女の一部となっていくようだった。
僕の腕の中で、華凛が何度気をやったのかはわからない。声とも息とも判別のつかない音を出し、視線も定まっていない。だが、彼女の腕は僕の背中に回されたまましがみついている。男冥利に尽きるというものだ。そう思った瞬間、僕の体の奥底から熱いものが込み上げてくる。
「か、華凛……もう」
僕の声から何かを察したのだろう。今まで力無く広がっていた華凛の脚が僕の腰に絡みついてきた。僕から離れるまいとする華凛に、僕の本能は悦んだ。暗い悦びだ。そして、僕の視界が真っ白にそまった。
この瞬間、僕は理解した。華凛という存在が、僕の人生にとってかけがえのないものになったことを。そして、この夜を境に、僕たちの関係が大きく、そして取り返しのつかないほどに変わってしまったことを。
しかし、もはやそんな思考さえ、華凛の存在の前では意味をなさなかった。僕たちは、ただ互いの存在に溺れていった。理性も、モラルも、社会的な立場も、全て忘れ去って。ただ、お互いの存在だけを感じながら。
それは、まるで永遠とも思える一瞬だった。
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