第24話 産後2年半、話し合いから1ヶ月後

 話し合いの直後に離婚届を提出し、わたしと博人との婚姻関係は解消された。離婚届が受理された直後は、実感がわかなかった。しかし、数日したところで、もう元夫のことを気にかけなくていいんだということに気がついた。それは、わたしにとってとても清々しい気分にさせてくれる気づきだった。


 話し合いの合意事項を記載した公正証書の作成と確認が終わり、紗智との2人暮らしも落ち着いてきたころ、滝山弁護士から電話がかかってきた。


「もしもし。どうされましたか?」


「お忙しい時間に申し訳ない。2回目の養育費の支払い期限が昨日までなのだが、こちらの口座に振り込まれていないのだ。誤ってそちらの口座に振り込まれていないだろうか」


「わかりました。ちょっとお待ちくださいね」


 元夫が口座番号を知っている銀行のアプリを起動し、口座残高を確認する。明細を見たが、元夫を含め誰からも振り込まれた記録はない。


「お待たせしました。明細を確認しましたけど、元夫からの振り込みはないですね」


「そうか。では、合意事項にある通り、これを1回目の遅れとして督促状を出す。では、状況が変わったらまた連絡する」


「はい、ありがとうございます。よろしくお願いいたします」


 電話を切り、仕事に戻る。仕事を進めながらも、2回目の養育費を支払っていない元夫への不満がふつふつと湧き上がってきた。あの男は、毎月8万円を振り込むこともできないのか。苛立ちの次は、本当にわたしはあの男のことが好きだったのかと過去の自分への後悔が襲ってくる。付き合っていたときや結婚したばかりのときは、もっとちゃんとした人だったんだけどな。重いため息が漏れる。


「はぁ……」


 頭を軽くふって、落ち込んだ気持ちを振り払う。今は仕事に集中しなければ。元夫への苛立ちを投げ捨てて、わたしは仕事に集中していった。


 ◇


 前回の連絡から約2週間後。再び滝山弁護士から電話がかかってきた。元夫からの振り込みはあったのだろうか。いや、振り込みがあったのであれば、振り込みされた時点で連絡が来るはず。となると、督促すらも無視されたのだろうか。さまざまなことが頭をよぎりながら、滝山弁護士からの電話に出る。


「もしもし」


「京子さん。残念ながら、博人氏からの振り込みはなかった」


「そう、ですか……」


 いつか養育費の振り込みが止まると思っていた。でも、まさか2回目で止まるとは思ってもいなかった。1年は振り込んでくれるだろう、と思っていたわたしたちの期待は、見るも無惨に打ち砕かれてしまった。


「では合意事項にある通り、博人氏の給与差押の手続きを行ってよいだろうか。以前説明したが、これは諸刃の剣だ。博人氏の手取り金額を考えれば、8万円は制限内の金額である。だが、給与差押をするためには、給与の支払い者である会社に説明をしなければならない。その結果、博人氏の人事異動や降格といった給与減額につながる可能性がある。そうなった場合、制限に合わせた金額に変更せざるを得ない。また、博人氏が退職し、雲隠れを試みた場合、追いかけ切れる保証はない」


 給与差押、それが万が一に備えて養育費を確実に支払ってもらうための手段。公正証書など公に認められた文章による合意が必要ではあるが、確実に養育費を支払ってもらうことができるということはありがたい。給与から養育費が天引きされるという形だ。会社に認めてもらう必要があるが、元夫が今の職場に勤め続ける限り自動的に養育費を支払ってもらうことができる。


 しかしながら、給与差押にもデメリットはある。会社に給与差押を求める理由を説明しなければならないということだ。今回の場合、元夫が不貞行為を働いていたことを説明しなければならない。合意文書には、相手の人数や名前は記載していないが、何らかの措置が取られる可能性がある。その結果、不貞行為をした相手が騒ぎ立てればバレるだろう。取引先の担当者と関係を持っているため、会社のルールによっては自主退職を促されることもあるらしい。そうなってしまえば、給与がなくなるため、養育費を払ってもらえなくなってしまう。


「……はい、それでも給与差押をお願いします」


「了承した」


 リスクはあれど、待っていてはいつまでたっても養育費は払われないだろう。わたしは、滝山弁護士に手続きを依頼した。自信たっぷりな滝山弁護士の声に、わたしは安心感を覚える。


 翌月、会社から養育費が振り込まれたことを滝山弁護士から連絡してもらった。

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