第23話 産後2年半、夫との話し合い
不倫相手3人との話し合いから2週間後。ようやく博人との話し合いの場が開かれることになった。博人に振り回されっぱなしでうんざりしてしまう。
前回と同様に滝山弁護士に先導されて会議室に入る。久しぶりに相対した博人は、全身から不満を表している。しかし、こちらをチラリとも見ようとはしない。
「では、始めよう。まずは、事実確認から行う」
滝山弁護士の宣言により、話し合いが始まった。前回と同様に、淡々と事実確認を進めていく。博人と不倫相手の女性それぞれが腕を組んでラブホテルから出てきた写真を提示されると、博人は面倒なことしやがってと言わんばかりのため息をついた。
「はいはい、不倫したことは認めますよ」
投げやりにも聞こえる言葉を吐いたあと、博人は手にしていた紙を机に叩きつける。
「離婚届に署名してやる。慰謝料だって払ってやる。でもな、養育費だけは払わない!」
博人の口から出てきた言葉を理解できない。養育費は払わない、と。そう言ったのか、この男は。
「……は?」
「聞こえなかったか?養育費だけは払わないって言ったんだよ」
こちらを見下すような視線。嘲笑う表情。わたしが好きになり、結婚したのはこんな男だったか。
「養育費を払わない理由をお聞かせいただこう」
わたしが衝撃に固まっていると、滝山弁護士が口を挟んでくれた。そう、理由を知りたい。育費だけを拒否するからには理由があるはずだ。
「養育費ってのは、子どものために払うもんだろうが。今、こいつのところには紗智はいない。いない子どもの養育費を払うわけなんてないだろう。弁護士さん、こいつから聞いてないの?」
せせら笑いながら悪びれた様子もなく理由を口にする。この男が保育園に嘘の電話をして紗智を引き取ったのは、もう1ヶ月以上前の話。義母の協力のおかげで、翌日には紗智と再会することができた。
今日は、両親に来てもらって紗智の面倒を見てもらっている。きちんと両親に紗智を引き渡したし、何かあれば連絡があるはずだ。
わたしは、慌ててスマートフォンを取り出す。画面を見ると、今まさに母からメッセージが届いたところ。急いでアプリを起動するも、内容を見て肩の力が抜けてしまった。送られてきたのは、ぐっすりと寝た紗智の写真。それも、父に抱き抱えられたまま、よく寝ているようだった。
紗智は、ちゃんと両親と一緒にいる。わたしのもとにいるのだ。
「……まさか、1ヶ月以上も実家に帰ってないの?」
せせら笑っていた表情のまま、博人の視線がこちらを向く。
「1ヶ月以上前、保育園に嘘の電話をして紗智を引き取ったわね。そして、その足でお義母さんのところに行った。でも、毎日不倫三昧で紗智の面倒を見たことがないあんたは、紗智の面倒を見切れなくなってお義母さんに押し付けた」
「な、何を言って……」
「お義母さんから連絡が来たのよ。それで紗智がお義母さんのところにいることがわかった。翌日には紗智と再会してるし、今はわたしの両親が見てくれてるわ」
「え?……母さんからは何も連絡がない。嘘をついてるのはお前だろうが。このクソアマっ!」
両手を何度も机に叩きつけて喚く男を見て、微かに残っていた信頼がなくなったのを感じた。
「当たり前でしょ。お義母さんはわたしたちに協力してくれるって言ったんだから」
「……は?」
立ち上がりかけていた男は、わたしの言葉を聞いて力が抜けたかのように椅子に腰を下ろす。
「お子さんは、母親である京子さんの元にいる。そのため、先ほど博人さんが口にした子どもがいないという理由はなくなった。それでも養育費を払わないと言うか?」
低くドスの効いた声で、滝山弁護士が目の前の男に問いかける。しばらくしたのち、男はゆるゆると首を縦に振った。
そこからは予定通りに話を進めていった。事前に用意しておいた離婚届に署名と押印をしてもらう。そして、合意事項は公正証書とすることも双方で合意した。公正証書とすることでお金はかかってしまうが、念のために備えての対策でもある。
「では、これにて本日の話し合いは終了とする。公正証書ができたら、また連絡する」
滝山弁護士の終了宣言を聞き、夫である男はそそくさと会議室を後にしていった。
これでようやく一区切り。これからの生活は、心穏やかに過ごせそうだ。
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