第20話 産後2年半、弁護士への依頼
義母との作戦会議が終わってからのわたしの動きは早かった。
義母から紗智を引き取り、その足で保育園に訪問。今後、夫と離婚する予定のため、わたし以外が迎えにきたら紗智を引き渡さないように依頼。保育園側は、了承してくれた。
そのまま紗智を保育園に預けたのち、離婚届を役所に取りに行く。合わせて不倫相談所の若宮さんに連絡をし、夫と不倫相手3名に不倫の事実を告げ慰謝料を請求したいと相談した。若宮さんからは無償で離婚問題に強い弁護士を紹介する、との言葉をもらい、弁護士との面談日程を調整した。
そして、調整した日程にて、若宮さんから紹介された弁護士との面談日となった。
「お時間をいただき、ありがとうございます。弁護士の滝山です」
「こちらこそ、ありがとうございます。久仁持です」
若宮さんの好意で、弁護士との面談には不倫相談所を使わせていただけることになった。挨拶もそこそこに、現在の状況を弁護士に伝える。
「状況につきまして、わかりました。改めてのご確認ですが、今後の配偶者との関係についてのご希望をお伺いできますか?」
「……もう離婚しかないと思います。夫のことはまったく信用できなくなりました。紗智を連れ去るような人と一緒に生活するなんて、わたしにはできません」
弁護士の問いかけに、逡巡する。紗智には両親がそろっているほうがいいのではないか、と。しかし、家賃以外の支出はわたしの給与から支払っていることや、義母の家で2日ぶりにあった紗智の様子が頭に浮かび、わたしの心は決まった。夫とは離婚しかないのだ。
「離婚を選択されるということであれば、配偶者にも不倫相手にもしっかりと慰謝料を請求することができます。全額支払われるかどうかは先方の出方次第にはなってしまいますが、久仁持さまとお子さまが改めて新生活を始めるのに必要分は確保できるかと。あと、配偶者の方からきちんと養育費をとれるよう準備していきましょう」
わたしの答えを聞いた滝山弁護士は1つ頷くと、力強い笑顔を見せてくれた。若水さんの紹介ということも相まって、滝山弁護士は信用できそうな気がした。
「では、今後の進め方のご提案なのですが、弁護士事務所名義で、配偶者と不倫相手3名に内容証明を送付させていただきます。内容証明に記載する事柄としては、不倫している事実、請求する慰謝料は共通とし、配偶者の方にのみ養育費を追記する想定です」
「あの、慰謝料と養育費はどのくらいになりますか?」
「そうですね……これは私個人の私見ですが、不倫相手は1人あたり100万円、配偶者は200万円、養育費は月8万円で請求することを考えています。養育費は一般的な方が大学を卒業する22歳までとしておきましょう。協議の結果、月々の金額が下がったり支払い期限が成人となる18歳までになったりする可能性があります。配偶者や久仁持さまの経済状況によりますが、最初の取り決めが肝心ですので、一緒にがんばりましょう」
「は、はい」
ハキハキとした滝山弁護士の説明に、心の内側から自信のようなものが湧いてくるのを感じた。
義母と作戦会議をしていたときに感じていた不安感。いろいろ話したけど、本当に離婚できるのかと心配だった。
しかし、今は違う。夫と離婚をし、紗智と2人で改めて新生活を始めることへの自信が感じられる。紗智にきちんと話をしよう。2歳だけど、周りの状況はわかっているのだ。夫とは別の生活になることを伝えよう。
「不貞行為の証拠となるこちらの資料は、この場でコピーを取らせていただきます。原本は大切にお持ちください。資料のコピーとともに、内容証明をお送りいたします。差出人は当弁護士事務所名にしますので、配偶者以外から久仁持さんに直接連絡が行くことはないかと。配偶者から連絡があった場合、弁護士事務所に連絡することだけお伝えいただけますか?」
「わかりました」
「ありがとうございます。万が一の場合、無視していないことで有利になる場合があります。遅くなっても構いませんので、弁護士事務所へ連絡するようにという返信だけはお願いたします」
滝山弁護士の言葉を聞き、わたしはしっかりと頷く。わたしのことを見下し、紗智のことを考えない行動をするような夫とは離婚する。改めてそう決意をした瞬間だった。
「久仁持さんに、1つだけお願いがあります。配偶者の会社へは不倫の事実を告げないようにしてください。今回の事例の場合、会社に何らかの責任を持ってもらうことは難しいと言わざるを得ません。そのため、支払いが滞ったときに備え、今はまだ配偶者の会社へ連絡しないでください」
「どうしてもダメ、ですか?」
「ええ。社会的制裁を受けてほしいという思いはわかりますが、久仁持さまから連絡するのは悪手です。不倫相手に同僚がいらっしゃるようですので、あちらから会社に伝わることを期待しましょう」
「……」
滝山弁護士に説得されてしまい、わたしは不承不承頷くしかできなかった。しかし、後から考えれば、このときの滝山弁護士には感謝しかない。
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