第19話 産後2年半、作戦会議

 電話を切ると、目の前に座る若水さんに義母との会話内容を伝えた。


「無事に見つかってよろしゅうございました。お義母様と作戦会議をされるとのことですが、内容によっては法律の専門家である弁護士へのご相談が必要になることがあると存じます。その際はまたご相談くださいませ。離婚問題に詳しい弁護士をご紹介させていただきます」


「本当ですか!ありがとうございます。そのときは、ぜひよろしくお願いいたします」


 わたしは深々と頭を下げる。若水さんはにこやかな雰囲気のまま、義母の元へと向かうよう促してくれた。若水さんの心遣いに感謝し、わたしは義母の元へと向かう。


 ◇◆◇


「いらっしゃ……」


「おかーさんっ!!」


 義母の出迎えを押し退けて、紗智が抱きついてくる。


「っ……紗智っ!」


 たった2日。されど2日。生まれてからずっと一緒にいた紗智がいない2日間は、わたしにとってとても辛かった。紗智が辛い思いをしていないことだけが願いだった。紗智の様子を見る限り、義母の元で無事に過ごしていたようだ。


「……お、お邪魔します、お義母さん」


「いらっしゃい、京子さん」


 紗智がいる。ようやく実感が伴ってきたところで、義母に挨拶していないことを思い出した。おそるおそる顔を上げて挨拶をする。紗智と抱き合ったままの挨拶は受け入れていただけたようだ。


「さ、上がっておいで。玄関で長話をするわけにもいかないからね」


 義母は颯爽と踵を返し、室内へと戻っていく。靴を脱ぐために紗智を離そうとした。だが、必死しがみつく紗智を離すことができず、紗智を体にくっつけたまま靴を脱ぐ。紗智を抱き上げ、義母の後を追った。


「ふふっ、お母さんがいるとやっぱり違うわね」


 リビングに入ると、コップに麦茶を注いでいた義母がこちらを見て微笑ましそうに告げられる。幸を抱き上げたまま、義母に促されるままにソファに座る。紗智を隣に座らせようとしたが、嫌がったので抱き上げた状態のまま膝の上におろした。


「あらあら、甘えんぼさんね」


 麦茶を注いだコップをお盆に載せた義母がくすくす笑う。家では嫌なことや訴えたいことがあるとくっついてきていたが、義母の前でこんなにくっついてきたことはない。わたしと離れていたことが、紗智にとっても影響があったのかもしれない。


「すみません、ありがとうございます」


 義母はソファ前のテーブルにコップを置くと、ダイニングセットからイスを持ってきて腰を下ろした。


「……ごめんなさいね。昨日のうちに京子さんに連絡しておけばよかったわ」


「え?」


「紗智ちゃんをつれてきたけど、博人はまったく相手しないのよね。京子さんの体調が悪いって言ってたのに、心配するそぶりもなし。だから何か変だなとは思ってたのよ。まさか不倫していたなんて」


 義母は居住まいを正すと、わたしに深く頭を下げる。


「ちょ、お義母さん!?」


「本当にごめんなさい。謝って許されることじゃないことはわかっているわ。でも、親として頭を下げさせてください」


「そんな……お義母さんは何も悪くありません」


「いいえ、これは気持ちよ。こんなおばあちゃんに頭を下げられても困るでしょうけどね。そして、博人には京子さんと紗智ちゃんを顧みず、自由きままに行動した責任をとってもらいましょう。不倫の証拠、あるんでしょう?」


「は、はい!」


 それからわたしと義母は夫の不倫の証拠を一緒に確認した。義母はこんな子に育ててしまって、と申し訳なさそうにする。何を思ったのか、紗智がわたしから離れてソファを降りた。そして、義母の足に抱きついたのを見て、つい吹き出してしまった。義母は決して悪くない。悪いのは、不倫をしている夫だ。


 どうやって夫に責任を取らせるかを義母と作戦会議した。


「やっぱり離婚がいいと思うのよね。財産分与は期待できないけど、養育費を請求できるわ。京子さんが仕事復帰をするとしても、お金はあったほうがいいものよ」


「ですが……」


「うちに帰ってくれば、家賃分は養育費に回せるわ。甘い顔しちゃダメよ。不倫をして京子さんを傷つけたのは博人。その報いを受けるべきだわ」


「……わかりました。博人さんと離婚しても、お義母さんに会いにきてもいいですか。紗智もこんなに懐いてますし」


 足に抱きついていたはずの紗智は、義母の膝に乗ろうと悪戦苦闘。夫にもやらないことをしている姿を見て、紗智が懐いているのがよくわかる。


「いいのかしら。もし、京子さんと紗智ちゃんがよければ、こちらからお願いしたいわ」


「はい、ぜひ!」

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