第18話 思わぬ協力者
電話越しに義母が紗智をあやす声が聞こえる。義母の声を聞く限りでは、紗智が転んでしまっただけのようだった。
「……誤魔化すわけにはいかないわね。わかったと思うけど、改めて言うわね。紗智ちゃんはうちにいるわ。博人が連れてきたの」
しばらくして紗智の泣き声が聞こえなくなった。そして、義母がこちらに声をかける。
「京子さん、正直に答えてちょうだい。博人と何があったの?」
「っ……」
義母の問いかけに、わたしは息を呑む。本当に正直に伝えていいのだろうか。
義母はわたしによくしてくれた。紗智が生まれたときも初孫に早く会いたいだろうに、わたしの体調などを気にして退院直前まで先延ばしにしてくれたくらい。
しかし、この人は、夫の母だ。夫の不倫を伝えたとしても、信じてくれるとは限らない。電話越しでは、証拠を見せることはできない。
そこまで考えて、わたしは気づく。紗智は、義母の元にいる。夫は何と言って義母に紗智を託したのだろう。自分の不倫を棚に上げ、わたしを悪様に伝えている可能性もある。
「京子さんの口から何があったのか教えてちょうだい」
無言で思い悩むわたしに、義母は催促してくる。
わたしは紗智と生きていきたい。そのためなら、何を言われてもいい。わたしは意を決して、正直に伝えることにした。
「……お義母さん。信じてもらえないかもしれませんが、博人さんは不倫をしていました。3人もの女性と不倫をしています。博人さん自身、お金の使い方をきちんと把握されていないようで、家賃以外のお金はほとんど残っていません。さらに、わたしが働くことも否定されました。そんな状態では、紗智の今後が不安です。ですので、博人さんには無断で別居をしました。これが、博人さんの間にあったことです」
できる限り感情を抑え、事実とその影響にしぼって伝えた。不倫してお金を入れてくれないというだけで別居を敢行したことに対して、我慢が足りないと言われるかもしれない。しかし、紗智の生活や学費を考えたら、いつまでも博人の不倫を野放しにしておくわけにはいかなかった。
「……はぁぁぁ」
しばらくの沈黙が流れたのち、電話越しに義母の重いため息が聞こえる。言われるであろう文句に備え、身構える。
「ごめんなさいね、京子さん。まさかそんなことになっているだなんて知らなくて」
予想とは違う義母の言葉に固まってしまう。
「あの子……博人は京子さんが熱で倒れて会話もままならないから、紗智ちゃんにうつさないよう避難させてほしいって言ってたの。体調を崩して会話もままならない京子さんを1人家に残してくるなんてって言ったら、京子さんのご両親が看病してくれるって言ったのよ。紗智にうつさないことが大事って言ってたんだけどね。その割に人が紗智ちゃんのことを気にしているとは思えなかったの。だから京子さんの体調不良が本当なのかを確かめたくて、ご両親に電話したわ」
義母の声はどんどんか細くなっていく。
「京子さんは元気。そう聞いたとき、2人の間に何かあったんだってピンときたの。夫婦とはいえ、別々の人間。ときには喧嘩することだってある。紗智ちゃんを振り回しているのはよくないと思ったけど、喧嘩を納めたあとに注意すればいいかしらって考えていたんだけどね。考えが甘かったわ」
「そんな……」
「京子さん、ごめんなさいね。紗智ちゃんがいるのに不倫するだなんて、我が家の教育不行き届きだわ。京子さんの気持ちを考えれば、謝っても許されることじゃないのはわかってるの。でもね、本当に……本当にごめんなさい」
「お義母さん……」
いつも溌剌とした義母のか細い声に、わたしは言葉が出ない。
「……我が息子ながら、京子さんと紗智ちゃんを放っておくなんて。博人は仕事帰りに京子さんの看病をするって言って朝出て行ったんだけど、嘘ってことね」
義母の声からは怒りが感じられる。
「京子さんには申し訳ないんだけど、こっちに来てくださる?紗智ちゃんと3人で美味しいもの食べて、博人をこらしめる作戦会議しましょ!」
「は、はい!わかりました!!」
何かを振り切った義母の声に、わたしは二つ返事で頷いた。
それから義母と訪問時間などのすり合わせを行い、電話を切る。
「若水さん、ありがとうございました。おかげで紗智の居場所がわかりました。義母に嘘をついて紗智を預けていたようです」
「いえいえ、久仁持様のお人柄が良いからこそ、お力になってくれる方が多いのですよ。娘さんの居所がわかってようございました」
「ええ、本当に。では、義母のところに行きますので、本日のところはこれで失礼します」
「かしこまりました。いつでもお越しくださいませ」
若水さんのにこやかな笑顔に見送られ、不倫相談所を後にした。
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