第17話 再び不倫相談所へ
体調を整えよう。そう意識するとお腹が空いていたことを自覚することができた。まず、自分が動けること。だいぶ昔にテレビか何かで見た救助する側の意識を思い出した。わたしは、紗智がいなくなってから初めてまともに食事をした。そして、紗智と再び会い、共に生きていくため、心配と不安で落ち着かない気持ちを押さえて寝る。
「ひとまず、不倫相談所に行ってみよう。何かいい方法を教えてもらえるかもしれない」
食事を取り、一晩寝たことで多少冷静になってきたのかもしれない。このまま1人でがんばっても紗智と再び会える気がしないわたしは、以前相談しに行った不倫相談所へと足を運ぶことにした。
◇
冷静になってきたと思ったが、まだまだ焦っているみたい。
「いらっしゃいませ、久仁持様。中へどうぞ」
事前に訪問の連絡していないことを思い出し、不倫相談所のドアの前で立ち尽くしていると、中から若水さんが現れ、記憶通りのにこやかな笑顔で中に招き入れてくれた。
「あ、ありがとうございます」
わたしはお礼を言って不倫相談所の中に足を進め、案内されるまま応接セットのソファに腰を下ろす。
「お飲み物は前回と同じでよろしいでしょうか」
「はいっ!……お、お願いします」
落ち着いていないことを自省をしていると、若水さんに飲み物を聞かれた返事の声が大きくなってしまった。自ら相談に来たのに自省で人の話を聞いていないとは。恥ずかしくなってくる。
「お待たせいたしました」
目の前のテーブルにそっと置かれる紅茶。1年ほど前に来たときの記憶と何も変わらないことに、安心感を覚える。わたしはお礼の言葉を告げると、カップを取り、紅茶を口にする。
「さて、早速ではございますが、本日はいかがなされましたでしょうか」
二口、三口と飲み、ほっと一息ついたわたしに、若水さんが微笑みながら問いかける。
「えっと、若水さんのご意見を伺いたくて」
わたしは、1年前からの状況をかいつまんで話したあと、紗智が夫に連れていかれてしまったことを伝えた。
「わたしの短絡的な考えで、今の状況になってしまったことは重々わかっています。紗智のためと言っていたのに、自分のことしか考えていなかった。わたしは口だけだった。母親失格って言われても仕方ありません。でも、今回のことで改めて自分の気持ちを知ることができました。わたしは紗智と一緒にいたい。紗智の成長を見守りたいんです。今までのご経験から、このような場合、どこを探したらいいかなどアドバイスをいただけませんか?」
向かいのソファに座って話を聞いてくれていた若水さんが、瞑目している。
どのくらいの時間が経っただろうか。わたしから話せることはこれ以上なく、若水さんが口を開くのをただひたすらに待っていた。
焦れてしまい、問いかけようと口を開いたタイミングで、若水さんが声を発した。
「久仁持様のご両親にこのことはお伝えになっておりますでしょうか。もし、まだお伝えされていないようでしたら、お伝えいただけないでしょうか」
「両親には伝えていません。博人の浮気のことがかなりショックだったようなので、これ以上負担をかけたくないんです」
「久仁持様のお気持ちはわかります。ですが、今は久仁持様のお力になってくれる人を増やしておいたほうがよろしいかと存じます。お時間に余裕があるようでしたら、今この場でご連絡されてはいかがでしょうか」
「……わかりました。電話、してみます」
博人の不倫というショックが残っている中、その博人が紗智を連れ去ったなんて聞いたら卒倒してしまうかもしれない。そんな不安があって連絡することができなかった。
でも、他ならぬ若水さんのアドバイスだ。もし、電話口で卒倒してしまったら、急いで実家に帰ろう。そう考えて、実家へ電話をかけた。
「あ、もしもし、お母さん?博人から連絡ない?」
「博人くんから?お母さんは受けてないわ。あ、お父さんに聞くからちょっと待ってて」
スマホのスピーカーから聞き馴染みのある保留音が流れてくる。1分も経たないうちに父の声が聞こえてきた。
「もしもし、京子か?博人くんからの連絡はないが、博人くんのお母さんから電話があったよ。京子は元気かって。なんでそんな電話してきたのかわからなかったから、京子と連絡をとっていないからわからないって伝えたんだが、まずかったか?」
「博人のお義母さんから?……ううん、ありがとう!また連絡するね」
電話を切ると、若水さんへと視線を向ける。若水さんが軽く頷いてくれたので、アドレス帳から義母の電話番号を呼び出す。
わたしと義母とで連絡することはほとんどなかった。まさかという思いを胸に、通話ボタンをタップした。すると、数コールで義母とつながった。
「もしもし、お義母さんですか?ご無沙汰しております、京子です」
「あら、京子さん!突然どうされたの?」
「昨日、実家のほうに電話をいただいたと聞きま……っ、紗智!?」
お義母さんのほうから紗智の泣き声が聞こえてきた。
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