第14話 産後2年半、連れ去り
紗智との2人暮らしを初めて3日。紗智が精神的に不安定になっているように感じる。家の中でキョロキョロと誰かを探しているような動きをしたり、誰も座っていないダイニングのイスをぼーっと見ていたり。
だが、保育園に行くために外に出ると元気になるので、新しい家に慣れていないだけだろう。そう思っていた。いや、思い込もうとしていただけなのかもしれない。
「ねぇ、紗智。今日の帰り、ケーキ買いに行こうか」
「え……いいの!?」
「もちろんよ。今日だけ特別ね」
「やったー!」
その日、保育園に行く道すがら紗智と約束をした。甘いもので釣ると言ったらよくないけど、楽しい体験があれば新しい家に慣れやすくなるかもしれない。紗智の精神が安定してくれることを願った約束だった。
しかし、その日、ケーキを買いに行くという約束が果たされることはなかった。
「こんばんはー。久仁持です。紗智の迎え……」
「久仁持さん!?体調は大丈夫なんですか?」
「え、あ、はあ。特に問題はないです」
「そうなんですね。えっと、落ち着いて聞いてくださいね。先ほど旦那さんから、久仁持さんが倒れて寝込んでいるとご連絡がありまして。満足に会話もできない状況なので、お迎えの方法がわからないから教えてほしい、と。お迎えの方法をお伝えしたところ、1時間ほど前にお迎えにいらしました。きちんと保護者証をお持ちでしたので、紗智ちゃんをお渡ししました」
「え……」
迎えにいった際、保育士さんは一瞬幽霊でも見たような顔をするも、すぐにわたしの体調を心配してきた。よくわからなかったが、問題ないことを伝えると真剣な表情になり、博人が紗智を迎えにきたことを教えてくれた。わたしは、なぜ博人が紗智を迎えにきたのかがわからなかった。
固まっているわたしの前に園長先生がやってきた。
「久仁持さん。もしかして、旦那さんと別居されましたか?」
「……はい、しました。3日前に」
「そうだったんですね。最近、久仁持さんの表情がよくなったと保育士たちと話していたんです。別居されたとまでは予測できませんでしたが」
園長先生は、わたしに深く頭を下げる。
「久仁持さん、この度は大変申し訳ありません。別居されたことに気づかず、旦那さんに紗智ちゃんを引き渡してしまいました。私たちは、紗智ちゃんの安心安全を第一に考えております。もし、明日紗智ちゃんが登園した場合は、必ずご連絡させていただきます」
「……はい、お願いします」
そこからは何を話したのか、どうやって家に帰ったのか、まったく記憶にない。気がついたら、寝室で紗智が最近気に入っているぬいぐるみを抱きしめて号泣していた。
わたしは心のどこかで、不倫されたことを恥じていたのかもしれない。わたしが博人をつなぎとめておけなかったから、不倫されたんだと思っていたのだろう。誰かに知られて、そう言われてしまうのが怖かったんだと思う。だから、実の両親以外には博人の不倫のことを伝えずに別居という選択肢を選んでしまったんだろう。
いくら後悔しても後悔したりない。わたしが辛いことから逃れる。そのために、紗智のことを犠牲にしてしまったという事実が、そして紗智がそばにいないということが、わたしの心を苛んでいく。
「紗智……ご、めん……紗智、ごめんね……ああああああああああああ!!!!!」
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