第40話 後日談
「こちらが、最後の荷物になります」
「わざわざありがとう。信吾くんには迷惑をかけて本当に申し訳ない」
双方の両親を交えた話し合いのあと、早々に真央はご両親の元へと引き戻されていった。後日荷物を引き取りにくると言われていたのだが、真央の物を視界に入れたくなかったので、僕が荷物をまとめて持って行くことにしていたのだ。
引き戻されてからしばらくして、真央の銀行口座から慰謝料が振り込まれた。
前回、荷物を持っていったときに押印済みの離婚届を受け取ったので、その足で役所へ提出した。すぐに正式に受理され、僕は独り身に戻ることになった。
「いえ、お義父さんお義母さんは何も悪くありませんよ」
何度も頭を下げるご両親に、僕は首を横にふって宥める。顔を合わせるたびにこのやりとりをしてしまい、雰囲気が暗くなってしまう。覇気のあるお義父さんと、明るく話好きなお義母さんだったのだが、今回の問題をきっかけに2人とも1回り小さくなったように見える。
気が滅入ると病を呼びこんでしまいやすくなる。娘のしでかしたこととはいえ、ご両親には気力を取り戻してもらいたい。
「では、僕はこれで。短い間でしたが、本当にお世話になりました」
玄関から外に出ると、深く頭を下げる。無言で頭を下げるご両親に気付き、そっと玄関を閉めた。
踵を返し、僕は歩き出す。
「ふぅ、今日は暑くなりそうだ」
歩きながら空を見上げる。雲ひとつない晴天の空は、新たな門出を祝してくれているような気がした。
強制執行をしてもらってから1ヶ月もたたないうちに臨時株主総会が開かれた。その臨時株主総会で、宇貴辺は常務取締役を解任された。
ニュースリリースには宇貴辺が常務取締役から解任されたことに加え、創業家と同じ苗字の女性が常務取締役に就任することが書かれていた。臨時株主総会でどのような説明をされたのかはわからない。しかし、これまで創業家と同じ苗字の取締役はいなかったので、宇貴辺の奥さんが離婚して、苗字を戻したのかもしれない。そう考えると、僕の溜飲も少しは下がるというものだ。
真央のほうは宇貴辺の解任より前に自己都合による依願退職をしている。真央のご両親から聞いたところ、宇貴辺に強制執行をしてもらった翌週に、人事異動があったそうだ。ほとんど引き継ぎ期間が与えられずに異動させられたらしい。元の部署への引き継ぎと、新しい部署の仕事を覚えることを同時並行で実施することになり、早々に体と心が悲鳴を上げたという。役員とともに新しい仕事を獲得したという理由を盾に、異動先の部署で多くの仕事を割り当てられたのだとか。
真央がどこまで本当のことをご両親に話しているかはわからない。だが、創業家の孫娘の旦那と不倫したんだ。知っている人からすれば、面白い話ではないだろう。
「せっかくだし、ちょっと遠出しようかな」
コインパーキングに止めた車に乗り込む。山か海かで迷ったが、海のほうが気持ちがいいだろうと思い、海までのルートを調べる。1時間ちょっとで行ける海岸を目的地に設定し、車を発進させた。
車を走らせながら、頭の中では次の営業日に向けて仕事を組み立てる。独り身に戻った僕は、何かから逃げるように仕事に没頭した。
仕事に没頭していると、心にぽっかりと空いた穴のことも、最愛だった妻の真央に裏切られたことも、意識しないで済む。
こうして気分転換を図ろうとしても仕事のことを考えてしまうのは、仕事以外を考えるのが怖いのかもしれない。
「ま、しばらくは独りでいいや」
--- 1章 了 ---
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます