第39話 強制執行の結果報告

 強制執行の結果を聞くため、再び僕たちは若水さんの不倫相談所に集まった。


「結論から言うと、宇貴辺氏に請求していた慰謝料はすべて徴収することができた」


「え、そんなに高いものを差し押さえられたんですか!?」


 僕はびっくりして立ち上がってしまう。そんな僕に座るようジェスチャーしながら、滝山弁護士は言葉を続ける。


「いや、差し押さえたものではなく、慰謝料が支払われたんだ」


「おや、まだしばらく粘るのかと思いましたが、あっさり支払ったんでございますね」


 僕が座ると、今度は若水さんが驚いていた。


「ああ。だが、支払ったのは宇貴辺氏本人ではない。支払いの経緯を含め、初めから話そう」


 滝山弁護士は一度言葉を切ると、コーヒーカップに口をつける。


「24日の朝、宇貴辺氏の出勤前を狙って執行官と共に宇貴辺邸に向かった。呼び鈴を鳴らすと、男性が応対した。後の行動を考えると、宇貴辺氏本人だったんだろう。不倫の慰謝料が支払われないことによる強制執行で来たことを告げると、家には入れさせまいと妨害してきた。強制執行を妨害すると罪に問われることを伝えると、しぶしぶという雰囲気で家へと招き入れてくれた」


「すんなりと家に入れたんですね」


 滝山弁護士はニヤリと笑う。


「そうでもないぞ。10分かそこらはインターホン越しにやりとりしていたからな。我々が不貞行為の慰謝料に関して訪問したことは、近隣には知られたことだろう」


 宇貴辺のやらかしが周りの家に知られたことを知り、つい唇の端があがってしまう。宇貴辺本人は近所付き合いなどしないだろうが、家族はそうもいかないはず。周りの家の視線を受けて、家族から責められたらいい。


「家に入った我々は、リビングで宇貴辺氏の奥方と出会ったんだ。誰の許しを得て家に入ったのかと誰何されたので、宇貴辺氏が不貞行為の慰謝料未払いであることと、その強制執行で来たことを伝えた。すると奥方は宇貴辺氏につかみかかると、罵詈雑言を浴びせかけた。どうやら不貞行為で慰謝料請求されたことを奥方に伝えていなかったらしい」


「内容証明を送ったときにバレなかったんですね」


 机の上に置いた資料のうち、内容証明の送付記録に僕は視線を向けた。


「みたいだな。奥方が罵詈雑言を浴びせかけている中でわかったんだが、奥方は創業家の直系なんだそうだ。お祖父様に報告すると言っていたので、現会長の孫娘なのかもしれない」


 滝山弁護士の言葉に、絶句する。リスク管理という言葉を知らないようなヤツに寝取られたのかと思うと、下りようがないと思っていた真央の評価がさらに下がったのを感じた。

 若水さんは机の上の資料の中から、宇貴辺氏が常務取締役を務める企業の情報がまとめられた資料を手に取る。


「ふむ、創業家の方の苗字は、宇貴辺ではございません。ということは、宇貴辺氏の箔付けと役員就任の理由づけとして、創業家からの降嫁という形が取られたのかもしれませんね」


「恋愛結婚だったとしても、孫娘側が苗字を変えているんだ。箔付けという部分は少なからずあるだろう」


 さもありなん、という雰囲気で滝山弁護士が首肯する。


「一通りの罵詈雑言を宇貴辺氏にあびせかけた奥方は、我々に向き直ると慰謝料の金額を聞いてきたんだ。隠す理由はないから500万円という金額を伝えたところ、今すぐ支払うと。なので、振込先を伝えたらスマホからその場で振り込んでくれたよ」


 そういって滝山弁護士は、スマホの画面を見せてくれた。スマホの画面には、今回の慰謝料のために開設してもらったネット銀行の口座残高として500万円と表示されていた。


「こまめに強制執行するよりも大きなダメージになるだろう。役員が自社社員と不貞行為をした、なんてコンプライアンスを意識しないにも程がある。真っ当な経営陣であれば、宇貴辺氏の処分は免れない」


「……嫌がらせの効果があったってことなんですかね?」


 思った以上に大きい話となったことに頭がついてこなかったが、ようやく理解することができた。


「ああ。裁判にもならず、満額の慰謝料を受け取ることができたと考えると、勝利としてよいだろう」


 滝山弁護士の言葉に、宇貴辺に勝ったことを実感する。時間はかかったが、ようやく一区切りすることができた。

 知らず知らずのうちに、僕の目から涙が溢れていた。

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