第38話 慰謝料が支払われない
不倫相手の宇貴辺が指定した期日を1週間ほど過ぎたころ、僕たちは再び不倫相談所の事務所に集まっていた。本題の口火を切ったのは、滝山弁護士。
「さて、向こうが延長した期日から1週間が経ったが、指定した口座への振り込みはない。念のための確認だが、鈴崎さんのほうに連絡はないか?」
「一切ありません。支払わずに逃げようとしているってことですかね」
僕はため息まじりに首を左右に振る。
「ご安心くださいませ。それなりに大きな企業の常務をされている方でございます。雲隠れという手段を取ることはできませんよ」
「ですが、自身が指定した期日を過ぎても慰謝料を振り込まないっていうことは、支払う気がないってことじゃないですか?」
若水さんの言葉に、食ってかかるような言葉を返してしまう。
内容証明の返信がきていたから、支払われないとは思っていなかった。思った以上に僕の気持ちに余裕がないようだ。
「鈴崎さん、焦らなくて大丈夫。そのために、
余裕がない僕を、滝山弁護士が宥めてくれる。
示談書を作っていたとき、滝山弁護士に言われ公正証書として作ってもらったのだが、きちんと理解できていなかった。
「あ、すみません。わかってないままだったんですが、執行認諾文言ってなんなんですか?」
「おっと、説明していなかったか。申し訳ない。強制執行認諾文言というのは、債務者が期日までに慰謝料を支払わなかった場合、強制執行されることに同意するという文言のことだ。今回は、慰謝料請求されている宇貴辺さんが期日までに慰謝料を支払わなかった場合、強制執行することができる、という意味になる」
「強制執行っていうのはどういうことですか?」
「法律に基づいて債務者から強制的に金銭を回収する仕組みだ。さまざまな手続きが必要になるため、弁護士に依頼したほうが確実で早い」
「なるほど」
滝山弁護士の説明で理解することができた。
「法務関係者の中には、強制執行を嫌がらせと表現される方もいらっしゃるそうですよ」
若水さんの言葉に、滝山弁護士が苦笑しながら首肯する。
「支払えるのに支払わない人間からすれば、嫌がらせとも取れるな。何を差し押さえるかによるが、家や会社に法務関係者が乗り込んでいくんだ。強制執行される債務者には相応のダメージがある」
僕は、宇貴辺への報復の可能性が見えてきたことに気がついた。僕が直接報復するわけではない。しかし、宇貴辺に少なくないダメージが与えられるのだ。
「着手金としてそれなりの金額をいただくことになるが、強制執行するか?」
「はい、お願いします!」
僕は間髪入れずに首を縦に振る。滝山弁護士は、カバンからいくつかの書類を取り出した。僕が強制執行を希望することを見越していたんだろう。宇貴辺への強制執行を依頼する手続きを行なった。
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