2章 久仁持 京子の場合

第1話 妊娠後期、夫の様子があやしい

 最近、夫の様子があやしい気がする。


 わたしの名前は、久仁持くにもち 京子きょうこ。30歳でとある企業の事務職だったけど、今は妊娠9ヶ月の産休中。


 夫はそこそこ大きな企業で営業職をしている。だが、飲み会や会食、接待にはあまり行っていなかった。日頃のコミュニケーションでカバーできると言っていた。わたしが知る限り3度も社長賞を取っているので、成果を出していたみたい。


 わたしが就職している会社の営業職は、飲み会や会食、接待で土日も出ていることが多い。なので、夫の働き方を聞いたときはとてもびっくりしたのを覚えている。


 しかし、わたしが妊娠して少ししたあたりから、帰りの遅い日が増えた。接待と言って休日出勤することもある。


「……やっぱりまだ帰ってない」


 今日は土曜日だけど、夫は朝から接待だと出かけて行った。わたしは耐え難い眠気のせいで夕方からうたた寝をしてしまい、気がついたときには21時過ぎ。部屋は真っ暗で、夫が帰ってきた様子はない。


博人ひろと、今日も遅いのかな。万が一を考えると不安なのに」


 部屋の電気をつけ、スマホを見てみるも、夫からのチャットや着信はない。これが、身重の妻を持つ夫の行動なのだろうか。


「会社の人たちは、亭主元気で留守がいいって笑ってたけど……状況が変わったのもわかる。これからお金が必要になるのもわかる。だけど、わたしを不安にさせてまで仕事しなきゃいけないの?本当に会食や接待なのかな?」


 この前見たニュースを思い出してしまい、もしかしたらという不安が頭をもたげてくる。不倫の理由をランキングしたゴシップニュースで、奥さんが妊娠中でセックスできないことが上位に来ていたのだ。


 いやいや、夫はそんなことする人ではない。これから産まれてくる我が子のために、自分の仕事観を変えてまで稼ごうとしてくれている。


 わたしはゆるく頭を左右に振り、そっと右手をお腹に当てる。刺激を感じたからか、お腹の中からポコンという衝撃が返ってきた。


「この子のために、お互いができることをって話し合ったじゃん。あやしくない、あやしくない」


 キッチンに向かってゆっくりと歩く。大きくなったお腹のせいで、足元が見えない。床には何も置いていないのだけど、見えないことが不安ではある。


「晩ご飯、用意しておいたら食べてくれるかな。また休んでてって怒られちゃうかもしれないけど、わたしがしたいんだもん。いいよね」


 独り言で言い訳を口にしつつ、パントリーの食材を確認する。がんばってくれてる夫に、美味しいものを食べてもらう。それだけを願って料理を始めた。

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